大阪大学(阪大)と科学技術振興機構(JST)は、炎症の強さを調節するタンパク質「PILRα」を「好中球」(白血球の1種で、その内の約70%を占める)の細胞表面に発見し、PILRαが「インテグリン」という接着分子の活性化を抑制することにより、局所への好中球の浸潤を抑えて過剰な炎症が起こらないようにしていることを解明したと共同で発表した。
成果は、阪大 免疫学フロンティア研究センター/微生物病研究所の王静研究員と荒瀬尚教授らの研究グループによるもの。研究は、JSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)研究領域「アレルギー疾患α自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」の研究課題名「ペア型レセプターを標的とした免疫α感染制御技術の開発」の一環として行われ、詳細な内容は日本時間11月12日付けで米科学雑誌「Nature Immunology」にオンライン掲載された。
炎症は、感染などによって引き起こされる生体防御反応の1つだ。感染などが起こると、局所へ好中球などの白血球が集まり、病原体を排除しようとする生体応答が炎症であり、生体防御において非常に重要な免疫応答である。しかし、過剰な炎症が引き起こされてしまうと、臓器障害が引き起こされたり、さまざまな自己免疫疾患やアレルギー疾患が引き起こされたりしてしまう。
したがって、どのように過剰な炎症応答が起こらないように制御されているかを解明することは、さまざまな「炎症性疾患」(炎症を起こす疾患の総称で、アレルギー疾患や自己免疫疾患なども含まれる)の病因解明や治療法の開発のために大変重要だ。ところが、炎症を制御する分子機構、特に好中球の局所への浸潤を抑制する分子機構に関しては、今まで十分にわかっていなかったのである。
そこで、今回の研究ではどのような分子機構によって過剰な炎症が起こらないように調節されているかについて、抑制化と活性化の両方のレセプターからなる「ペア型レセプター」に焦点を当てる形で研究が進められた。
今回の研究では、まず炎症応答で中心的な役割を担っているヒトやマウスの好中球の細胞表面分子が調べられた。すると、ペア型レセプターの1つで抑制化の働きを持つPILRαが強発現していることが突き止められた(画像1)。
そこで、好中球に発現しているPILRαの機能を明らかにするため、PILRαを欠損したマウスを作成してPILRαの機能解析を実施。その結果、PILRα欠損マウスでは、野生型マウスと比べて、細菌感染後によって引き起こされる過剰な炎症応答である「エンドトキシンショック」に対する感受性が高く、容易に死亡することが発見されたのである(画像2)。
画像2は、野生型およびPILRα欠損マウスにリポ多糖(LPS)を投与し、エンドトキシンショック後の生存率を観察した結果をまとめたグラフ。PILRα欠損マウスはエンドトキシンショックに高い感受性を示すことが明らかになった。
さらに、PILRα欠損マウスでは、肝臓などの組織においても、好中球の浸潤が亢進し、組織破壊が認められた(画像3・4)。これらのことから、PILRαが過剰な炎症が起こらないように炎症の強さを調節していることが明らかになったのである。
画像3(左):エンドトキシンショックを起こしたPILRα欠損マウスでは、臓器障害を示すAST、BUN、LDHの顕著な増加を確認。画像4(右):エンドトキシンショックによってPILRα欠損マウスの肝臓への顕著な「好中球」(緑)の浸潤が認められた |
次に、PILRαがどのように炎症を調節しているのかを解析したところ、PILRαは、同一の好中球上に発現している分子と「シアル酸依存性」に結合することによって、抑制化シグナルを好中球に伝達していることを明らかにした(画像5・6)。
PILRαは内因性リガンドとの結合による抑制化シグナルを伝える。画像5(左):PILRαは同じ好中球の細胞表面に発現している分子とシアル酸依存性に結合する。画像6(右):活性化された好中球の細胞表面でPILRαは集合体を形成し、抑制化シグナルを伝達する。一方、シアリダーゼの処理によって細胞表面のシアル酸を除去するとPILRαの集合体形成は認められない |
さらに、PILRαによって伝達された抑制化シグナルは、好中球の組織への浸潤に重要な機能を担っているインテグリンの機能を阻害することを解明したのである(画像7)。
以上のように、今回の研究では好中球上のPILRαがインテグリンを介して好中球の浸潤を抑制することによって、過度な炎症が起こらないように調節していることを解明。この発見は、世界初のものである(画像8)。
画像8は、PILRαによる炎症応答の制御機構。血管中を流れている好中球が炎症局所に動員されるためには、好中球がインテグリン分子を介して血管内皮細胞に接着することが必要である。PILRαはインテグリンの活性化を抑制することによって、好中球の局所への浸潤を調整していることが明らかになった。
炎症は感染などに対する生体防御に重要な役割を担っている一方、過剰な炎症は、エンドトキシンショックのほか、自己免疫疾患やアレルギー疾患などの一因になってしまっている。
従って、PILRαの機能を活性化する薬剤などを開発することによって、過剰な炎症を抑えることができるようになる一方、逆にPILRαの機能を阻害する薬剤などを開発することによって、効果的な免疫応答を誘導でき、ワクチン開発などにも役立つと思われるという。
以上のように、今回の研究成果は、炎症制御のための新たな分子標的として大いに期待できると思われると、研究グループはコメントしている。