産業技術総合研究所(産総研)は11月7日、多種類のイオン液体を従来よりも少ない添加量でゲル化(個体化)できる電解質型ゲル化剤を開発したと発表した(画像1)。
成果は、産総研 ナノシステム研究部門 スマートマテリアルグループの吉田勝研究グループ長、同 長沢順一研究グループ付らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国化学会発行「ACS Macro Letters」オンライン版に掲載されている。
イオン液体は、陽イオンと陰イオンからなる塩でありながら液体であり、導電性、不揮発性、熱安定性などのユニークな物性を持つため、2次電池などの電解質としての応用などが期待されている。
特に、電気化学デバイスへの応用に際しては、電解液の漏れ防止による長寿命化やそれに伴う省資源化、安全性向上、塗布プロセスへの適用を目的として、導電性を損なわずにイオン液体をゲル化する技術開発が進められているところだ。
これまで、ゲル化技術としては、電解液中での重合による架橋ポリマー形成、種々のポリマーとの混合、低分子ゲル化剤、固体微粒子との混合などが知られている。
しかしながら、ゲル化後に導電性が大きく低下したり、ゲル化操作が煩雑で耐熱性が低くなったりするといった欠点が指摘されてきており、これまで、それらの欠点を根本的に解決するようなゲル化技術はほとんど知られていなかった。
今回開発されたイオン液体の電解質型ゲル化剤(画像2)は、試薬として容易に入手可能な出発物質から、2段階の反応で簡単に合成できる点が大きな特長である。
多くの低分子ゲル化剤と同様に、これらのゲル化剤をイオン液体に混合し加熱溶解後、室温で冷却するという簡便な操作で、多種類のイオン液体をゲル化することができるという具合だ。
このゲル化剤の構造的な特徴は、分子間相互作用で重要な役割を果たす「ジアミド」部分の「アミン」として「trans-シクロヘキサン-1,4-ジアミン」(画像2の赤色部分)を用いている点である。
水や通常の極性有機溶媒に対してはゲル化剤としてさほど有効ではないが、イオン液体に対しては効果的なゲル化剤となるのだ。ゲル化に必要な最少のゲル化剤濃度は、イオン液体の種類によって異なるが、0.9~20g/lと少なく、従来よりも1桁低い濃度で、多種類のイオン液体をゲル化できるのである。
なお、今回検証に用いたイオン液体は試験研究でよく使用され、先行研究例も多い安定なイオン液体1を手始めとして、容易に入手可能な市販化合物を使用した(画像3)。
得られるゲルは物理ゲルであり、加熱により液化し、冷却により再度固化する。温度上昇時のゲル-ゾル(流動状態)相転移温度はイオン液体の種類や濃度によって異なり、画像4で示されているように、イオン液体1の場合はゲル化剤濃度30g/l以上で約70℃、イオン液体2ではゲル化剤濃度50g/l以上で100℃以上だ。
イオン液体3のようにゲル化剤濃度20g/l以上で125℃以上とさらに高温の転移温度を示すものもあり、適切なゲル化剤とイオン液体の選択により、耐熱性に優れているゲルを作製できる。例えばコンデンサでは、JIS規格などで温度による特性の変化が小さいことが要求され、耐熱性の高い方が材料としての応用範囲の広がりが期待できるというわけだ。
また、共有結合によらない可逆的なネットワーク構造からなる物理ゲルでありながら、画像5に示されているように、材料が固体なのか液体なのかを物理的に決定する力学的測定手法の「動的粘弾性測定」で材料の硬さを示す指標の貯蔵弾性率は従来のポリマー混合系ゲルよりも1桁以上大きい値を示す。そのため、画像1(b)で示されているようにゲル化剤濃度が50g/Lでも形状を保ったままピンセットで保持できるだけの硬さがあるというわけだ。
さらに、大きなひずみを与えるとゲルからゾルに相転移し、ひずみを小さくするとただちにゲルに戻る「チキソトロピー性」も示している。しかも応答が高速で、過剰な応力がかかって壊れても、応力がなくなるとすぐにゲル構造を自己修復できることから、耐久性ゲルとして電気化学デバイスなどの長寿命化への貢献が期待できるという。
一方、今回開発されたゲル化剤の添加によるゲル化後のイオン伝導度の低下は少なく、画像6に示されているように、ゲル化剤を添加しないイオン液体に比べて、ゲル化剤濃度20g/Lでは90%以上、濃度50g/Lでも、80-90%程度の伝導度を保持している。ゲル化剤添加によるイオン伝導度の低下が少ないのは、ゲル化剤自体がイオン性化合物であることに関係すると考えられるとした。
この技術によって作成されたゲルは、高い弾性率、自己修復性、優れたイオン伝導度を示した。研究グループは今後、電池やコンデンサなどの電気化学デバイスのイオン液体を用いた電解液をゲル化することにより、電解液の新しい漏れ防止技術として、製品の長寿命化を通じた省資源化や、製品破損時の飛散防止による安全性の向上への貢献が期待されることから、各種電気化学デバイスへの応用を進めたいとしている。
一方、実際の電気化学デバイスでは、添加塩や補助溶媒などを含む混合系でイオン液体が用いられていることが多いため、そのようなイオン液体系にも適用できるゲル化剤を目指して、分子構造の最適化に向けた検討を行っていくとした。さらに、企業の協力を得て、実用化に向けた、より実践的な改良を進めていきたいともコメントしている。