東京大学と慶應義塾大学(慶応大)は11月8日、マウスの神経細胞を用いて、運動制御を担う小脳においてシナプスが形成される過程を可視化することに成功し、その形成過程で神経線維から「小さな突起」が伸び、シナプスの成熟を促すことを発見、さらに小さな突起は、神経細胞が分泌する「Cbln1」、神経伝達物質のグルタミン酸をとらえるための「デルタ2型グルタミン酸受容体(デルタ2受容体)」、シナプス前終末に存在する細胞接着分子の「ニューレキシン」の3つのタンパク質の相互作用により形成されることを解明したと発表した。

成果は、東大大学院 医学系研究科 神経細胞生物学分野の岡部繁男教授、慶応大医学部 生理学の柚﨑通介教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、科学雑誌「Neuron」に掲載される。

人間の脳には100億個以上の神経細胞があり、神経細胞同士はシナプスという結び目を介してつながり、神経回路網を形成している。生後発達期の脳は、運動・言語・社会性など多彩な機能を獲得するが、この過程で個々の神経細胞に数100~数100万個のシナプスが正確に作られることが必要だという。

近年、自閉症などの発達障害や多くの精神疾患の原因が、シナプスの異常であると考えられるようになり、シナプス形成の分子の仕組みを解明するため世界中で精力的な研究がなされている。

脳の中でも小脳は、運動学習・記憶を制御し、スポーツや楽器の演奏など、繰り返し練習して技能を習得する上で、欠かすことができない部位だ(画像1)。ヒトの小脳には、「プルキンエ細胞」-「顆粒細胞平行線維」間に、200万個以上の興奮性の「平行線維シナプス」があり、脳の中で最も多くのシナプスが存在している。

画像1は、小脳を拡大した図で、プルキンエ細胞と平衡線維平行線維シナプスがある。そして、一番右は、平衡線維シナプスの仕組みの模式図。プルキンエ細胞は脳細胞の中でも非常に大きな細胞で、顆粒細胞平行線維からのたくさんの入力を受けている。

平行線維シナプスはプルキンエ細胞と平行線維の結び目で、小脳機能の要塞となる部分だ。平行線維シナプスでは、シナプス前部から神経伝達物質の「グルタミン酸」が放出され、シナプス後部(スパイン)の受容体を活性化し、神経細胞間の信号の伝達がなされる。

画像1。小脳を拡大した図で、プルキンエ細胞と平衡線維平行線維シナプスがある。そして、一番右は、平衡線維シナプスの仕組みの模式図

これまでの研究から、プルキンエ細胞がシナプス入力を受ける部分(スパイン)は、平行線維からの信号がなくても、自立的に作られることが知られていた。しかし、平行線維とスパインがつながり、成熟したシナプスがどのようにしてできるのかについては、まったくわかっていなかった。

研究グループは今回、平行線維シナプスの形成過程を明らかにするために、タンパク質Cbln1に着目。Cbln1は平行線維から分泌され、平行線維シナプスの形成を強力に誘導する作用を持つ(画像2)。

Cbln1を欠損する遺伝子改変マウスでは、平行線維シナプスが通常の5分の1以下に減少しており、重度の歩行障害を呈する。回転する棒に乗せるとすぐに落ちてしまうほど運動能力が鈍いのだ。

このマウスの小脳に、人工的に合成したCbln1を注入すると、数時間で平行線維シナプスの形成が一気に起こる。しかも、平衡線維のシナプス密度は注入後2日で正常化してしまうのだ。歩行機能も劇的に改善し、回転する棒に上手にのることができるようになるのである。

画像2。Cbln1による平行線維シナプス形成作用

今回はこのCbln1の性質を利用し、シナプス形成の開始時期を制御することで、シナプスが作られる様子を、時系列を追い観察することに成功した。

まず、マウス小脳から切片を作成し、Cbln1によりシナプスの形成を誘発し、生きた神経細胞の形の変化を、顕微鏡で観察。その結果、シナプスが形成される過程で平行線維から小さな突起が伸び、シナプスの成熟を促すことが発見された(画像3)。

この小さな突起は伸び縮みしながら、プルキンエ細胞スパインをムチのように一時的に取り囲み、平行線維とスパインの接触点にシナプス構成分子が集積するように促すことも見出された。

さらに、発達期の平行線維の微細形態を観察するため、北海道大学 渡辺雅彦教授らの協力を得て、電子顕微鏡を用いた観察も実施。その結果、発達期小脳の平行線維には、個体レベルでも小さな突起が存在し、シナプス形成と密接に関係することが明らかになった。

また、小さな突起が形成されるメカニズムとして、Cbln1とその受容体であるデルタ2受容体とニューレキシンの、3つのタンパク質の相互作用が必要であることも判明したのである。

脳の正常な発達とその障害の原因を解明するために、シナプスの形成の仕組みを理解することが必須だ。今までに多くの研究者が、成熟したシナプスがどのような過程を経て形成されるのか、観察しようと試みてきたが、シナプスの形成はランダムに起こるため、その全貌を追うことは困難であり、大きな課題となっていた。

今回の研究は、Cbln1の作用を利用して小脳のシナプス形成を一斉に誘導することで、シナプス形成過程の詳細な観察を世界に先駆けて行うことに成功したもので、その結果、小さな突起を介したまったく新しい仕組みが、シナプスの成熟化に重要な働きを持つことが発見されたというわけだ。

また今回の研究から、小さな突起の形成にはCbln1の受容体であるニューレキシンが関わることがわかった。ニューレキシンは、自閉症の病因遺伝子の1つと考えられている。よって、小さな突起の役割の解明が、脳の発達障害の病態の理解につながる可能性もあり、今後の研究の展開が期待されると、研究グループはコメントしている。