奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は、生物が環境に適応するために持っている、外部の光に反応し構造を変化することで情報を伝える重要なタンパク質(光センサタンパク質)の動きを世界最高クラスの分解能で可視化することに成功したと発表した。

同成果は、NAIST物質創成科学研究科 エネルギー変換科学研究室の上久保裕生 准教授と片岡幹雄 教授、米国立衛生研究所・国立糖尿病・消化器・腎疾病研究所の教授らの研究グループによるもので、詳細は「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of National Academy of Science:PNAS)」電子版に掲載された。

生物は環境に適応するために、外界の変化を常にモニターするセンサを持っており、中でも外界からのシグナルを受容するのが、センサタンパク質で、同タンパク質の刺激への応答による変化は、情報伝達の大本としてその分子機構の解明が求められていた。

光センサタンパク質は、光情報処理の最上流に位置しており、その機能は、(1)タンパク質中の低分子の有機化合物が光を吸収し形を変える(光異性化反応)、(2)低分子化合物の形が変わることによって周りのタンパク質の形を変える、という2段階の変化によって構成されている。

図1 光センサタンパク質では2重結合を持つ分子が光を吸収する

1段階目の光異性化反応はピコ秒のオーダー、一方の2段階目の反応はミリ秒オーダーで生じる変化であり、センサタンパク質の動作メカニズムを理解するためには、この2段階の反応をつぶさに観察する必要があるものの、ピコ秒といった極短時間で生じる形の変化を原子が区別できる分解能で観察し、その後、時々刻々変化する様子をミリ秒まで観察することは困難であった。

今回の研究では、イェロープロテインと呼ばれる光センサタンパク質が光を吸収した直後、ピコ秒領域で生じる現象を観察するために、時分割ラウエ結晶構造解析という手法を採用した。同手法そのものはすでに確立されたものであるが、これまでの手法は時間分解能がナノ秒よりも悪く、空間分解能も限られているのが難点であった。そこで今回、良質の大きな結晶を用いることで、精密な画像が得られる空間分解能に高め、米国の次世代放射光施設「APS(Advanced Photon Source)」における専用装置の改良により撮影時間の間隔である時間分解能を100ピコ秒にまで向上を図った。

図2 時分割ラウエ結晶構造解析の概要

大強度のパルスX線を何度もタンパク質結晶に照射するとそれだけで試料がダメージを受けてしまうことから、今回の実験では、均質ながら2mmの結晶を用い、X線を照射する場所を順次移動しながら測定することで、この問題を解決した。通常、このような測定の仕方をすると、結晶中、X線があたっている場所の微少な違いによって誤差が大きくなってしまうが、研究グループが調製した良質結晶を用いることで誤差を最小限に抑えることができたという。

今回開発された均質な2mmの結晶

光センサタンパク質は、2重結合を持つ分子が光を吸収する役割を担っている。このような分子は、図1のような2つの安定な形(左:トランス体、右:シス体)をとることができる。室温では、この2つの形を行き来させることは困難だが、光によって分子を揺さぶることにより、強制的に形を変えることができるようになる(光異性化反応)。

光センサタンパク質では、この反応の効率を極限まで高め、1段目の反応に利用している。しかし、この反応は非常に速いため、トランス体からシス体に変わっていく様子を観察することができず、その高効率反応を実現するメカニズムがよくわかっていなかった。今回の研究によって、丁度シス体とトランス体の中間的な構造をとる状態が存在することが明らかにされた(pR0)。

図4 pR0がシス体とトランス体の中間的な構造をとる状態

pR0は、タンパク質が光を吸収した200ピコ秒後の様子を示したもので、このような中間的な構造がタンパク質によって安定化されていることが、高い異性化反応効率を示す要因の1つになっていると考えることができるという。光センサタンパク質は、最終的に、タンパク質全体の構造を変化させることにより、細胞に光の情報を伝播させていくわけだが、研究グループでは今回の成果により今後、光異性化反応によってどのようにしてタンパク質全体構造変化を誘導しているのかの解明が進むことが期待されると説明している。