理化学研究所(理研)とNECは11月6日、量子ビットのエネルギー緩和率を増大することなく量子ビットの読出し信号を増大させる手法を実証し、量子ビットの読出し精度90%を達成したことを発表した。
同成果は理研基幹研究所 物質機能創成研究領域 単量子操作研究グループ 巨視的量子コヒーレンス研究チームの蔡兆申 チームリーダー(兼 NEC中央研究所 スマートエネルギー研究所主席研究員)らの研究チームによるもので、米国の科学雑誌「Physical Review B Rapid Communications」オンライン版に掲載された。
量子コンピュータの実現には、量子ビットの状態を正確に読み出す技術が不可欠で、超伝導体を用いた量子コンピュータ研究では、その有力候補に「分散読出し」がある。分散読出しは、量子ビットとLC共振器が結合した回路において、量子ビットの状態に応じて共振器の共振周波数が変化することを利用するもの。
量子ビットが0状態のときと1状態のときの共振周波数の差(f0とf1の差)が読出し信号に相当するため、その差が大きいほど量子ビットの区別は容易になり、読出し精度が向上するという特長がある。読出し信号の強度は、(1)量子ビットと共振器の結合を強くする、(2)量子ビットと共振器の共振周波数(図1のωqubitとωresonator)の差を小さくすることで大きくなる。
図2 分散読出しの原理。共振器に照射したマイクロ波と振幅の周波数応答の関係。共振器の共振周波数では、振幅が最少となる(f0、f1)。量子ビットの状態によって共振器の共振周波数が変化することを利用して、量子ビットの状態を判別する |
しかし、どちらの方法も量子ビットのエネルギー緩和率が増大するという問題があった。こうした中、第3の方法として、2007年に米国のイェ―ル大学の研究グループが「量子ビットの0状態と1状態よりもさらに高いエネルギーを持つ状態からの効果」を用いる方法を理論的に提案していた。これは前述の2つの方法と異なり、量子ビットのエネルギー緩和率を増加させることなく、読出し信号を増大できるというものであるが、理論的に提案されただけで実証されてはいなかった。これは同方法で読出し信号の強度増大を実現するために必要となる回路のパラメータが、量子ビットの種類によっては実現困難なこと、また仮にその条件を満足できたとしても、量子ビットと共振器の結合方式によっては、その増大の度合いがさほど大きくならないことが原因と考えられきており、今回研究チームは、この「量子ビットの高エネルギー準位状態を用いる手法」の実証に挑んだ。
詳細な理論解析を行った結果、量子ビットとLC共振器をコンデンサで介して接続すると、量子ビットの高エネルギー準位が読み出し信号の増幅に寄与することが判明した。このことから、研究チームでは、超伝導体のニオブで作製したLC共振器と超伝導体のアルミニウムで作製した磁束型量子ビットを、コンデンサを介して互いに結合する回路を作製した。
同回路の特長は、量子ビットとして磁束型の量子ビットを用いていること、ならびに量子ビットと共振器の結合を、従来磁束量子ビットに対して用いられていたコイルではなく、コンデンサを用いたことにあるという。
作製された回路を用いて実験した結果、量子ビットの状態0と状態1の共振周波数の差(読出し信号)が、80MHzとなったことが確認された。これは高エネルギー準位からの寄与がまったく無いと仮定した計算値である14MHzと比較すると、5倍以上読出し信号が増大していることになる結果であった。
さらに、この大きな読出し信号を用いて量子ビットを実際に読出す実験を実施。量子ビットの状態を状態0と状態1の間で遷移させるために、量子ビットにマイクロ波パルスを照射させたところ、約90%の振動振幅を観測したという。これは読出し精度90%を実現したことを意味するという。
今回の研究では、測定系のノイズの影響を除去するために多数回の平均値を用いて測定を行ったという。しかし、実際に量子コンピュータで計算を実行する際には、1度の試行による量子ビットの状態を高精度に決定することが要求されることから、研究チームでは今後、今回の研究で用いた回路にパラメトリック増幅器などの低雑音増幅器を用いることで、1度の試行による高精度読出しの実現を目指すとしている。