産業技術総合研究所(産総研)は、奇数個のレーザーダイオード(LD)による集中均一加熱を用いた単結晶育成装置を開発し、従来の手法よりも安定した単結晶育成に成功、同単結晶育成技術をLDを用いたFZ法「LDFZ法」と命名したことを発表した。

同成果は産総研 電子光技術研究部門 強相関エレクトロニクスグループの伊藤利充 主任研究員、同 富岡泰秀 主任研究員ならびにクリスタルシステム、ミヤチテクノスらによるもので、詳細は、オランダの学術誌「Journal of Crystal Growth」オンライン版に近日中に掲載される予定。

集積回路、時計、携帯電話などの電子・光デバイスに活用され、現在の生活に欠かせないシリコンやクオーツ(水晶)、ニオブ酸リチウムなどの単結晶材料に続く、新たな機能を示す材料を薄膜化してデバイスとして利用するには、その材料の単結晶を用いた特性評価が重要である。さまざまな単結晶育成法があるが、中でもフローティングゾーン(FZ)法は、汎用性があり、数mmから100mm程度の大きさの単結晶が得られるため、材料の研究開発やパワー半導体用シリコンなどのハイスペック用途の単結晶製造に用いられてきた。

しかし、そのFZ法も限界が認識されるようになってきた。近年発見されている機能材料は構成元素の種類が増える傾向にあり、そのため分解溶融材料となることが多く、そうした材料にFZ法を適用すると融液が原料に深く浸透して、原料が劣化や変形してしまうため、原料供給と単結晶の育成が不安定になって良質な単結晶が得られず、デバイス化のための研究開発が停滞する原因となっていた。そのため、新材料の研究開発の効率向上と、単結晶材料の産業応用を進める上で、結晶育成が難しい材料でも単結晶を安定して育成できる技術が求められていた。

研究チームを中心に産総研では、機能性酸化物を用いた新原理デバイスの研究開発の一環として、新機能を示す材料として注目されるマルチフェロイック材料のビスマスフェライトなどの単結晶作製とデバイスの開発に取り組んできている。ビスマスフェライトは分解溶融材料であり、従来のFZ法では単結晶育成が困難であるため、単結晶製造技術を得意分野とするクリスタルシステム、ならびにレーザー加工技術を得意分野とするミヤチテクノスと共同で、レーザー集中均一加熱による単結晶育成技術の開発が進められてきており、今回、奇数個のレーザーを用いた新しい単結晶育成装置を開発、ビスマスフェライトなどの分解溶融材料の結晶育成と高品質化に成功し、そうした単結晶が再現性良く得られることも実証したという。

分解溶融材料に従来のランプ集光加熱式のFZ装置を適用しようとする場合、斜め入射光やフィラメントのサイズが原因となって集光が悪くなってしまうため、溶融ゾーン以外の原料棒も加熱されて、融液が原料棒上部にまで深く浸透してしまい、原料棒の劣化や変形を引き起こし、原料供給や結晶育成が不安定になって良質な単結晶が得られないという問題のほか、ランプに面した方向では照射強度が強くなるため、回転方向に温度の不均一が生じ、この緩和と融液の撹拌のため、原料棒や育成結晶を回転させる必要があり、急激な温度変化や融液の一時固化によって結晶が劣化する原因となっていた。また、原料棒が中心軸からずれると、照射強度が弱くなって温度が降下するため、結晶育成が不安定になったり、急激な温度変化が生じて結晶が劣化する原因となっていた。

ランプ集光加熱式のFZ法による単結晶育成法の概念図

今回考案されたレーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成技術は、試料位置を中心とする水平な円周上にレーザーを等間隔に配置し、試料に向けてレーザービームを照射する方法であり、これにより集光性が良くなり、試料上部(原料部分)への融液の浸透が抑制され、安定した原料供給や結晶育成が可能になるという特長がある。

レーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成技術の概念図。破線は試料を中心とした水平な円周

また、レーザービーム数と均一度の関係をシミュレーションした結果、特にビームが奇数本の場合に均一性が高く、5本以上の奇数であれば実用上均一となることを確認。これにより融液の撹拌のために試料を回転させても、急激な温度変化による結晶の劣化や融液の一時固化を避けることができるようになり、単結晶の高品質化が可能になるという。

レーザービームの本数と照射強度の均一度の関係。均一度は、試料回転方向に沿った照射強度の最小値と最大値の比で定義されている

さらに、レーザービーム幅を試料の径よりも大きくとることにより、偏心しても試料はレーザービーム内に留まるため照射強度が変わらずに済むため、安定した結晶育成が可能となり、急激な温度変化による結晶性劣化も回避できるようになったという。

実際に開発された単結晶育成装置では、レーザー光源として、高出力化が進み、価格が低減傾向にあるLDが7個用いられた。出力は各最大50Wで、合計で最大350Wの出力となり、均一度は98%と見積もられた。LDの出力はそれぞれ校正した上で、個別の電源で制御するほか、出力を安定させて、安定な結晶育成を実現するため、ペルチェ素子でLDの温度の精密管理を行った。同装置は、従来型の装置が例えば最大出力3kWであったことを考えると、かなり低い出力ながら、融点が約2000℃のルビーも溶融することができ、エネルギー変換効率が良いことが示された。

今回開発されたレーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成装置

開発した装置の評価のために、ビスマスフェライトの単結晶育成を行ったところ、試料の原料棒と溶融ゾーンの境界は明瞭で、原料棒への融液の浸透はほとんど見られず、安定した原料供給・結晶育成が可能であることが確認された。また、溶融ゾーンと育成結晶の境界も水平で融液の一時的な固化なども見られず、育成結晶には単結晶特有の光沢があったほか、従来に比べて再現性良く結晶育成が可能であり、育成した結晶の物性評価から、高品質の単結晶であることが確認できたという。

LDFZ法によるビスマスフェライトの単結晶育成の様子

同育成法は、銅酸化物高温超伝導体やFZシリコンなどの高品質結晶も作製可能であり、今後、より多くの材料への適用が期待できると研究チームでは説明しており、今後は、ビスマスフェライト以外の新機能材料の高品質単結晶の作製に取り組んでいくとともに、新機能を示す材料の物性解明や機能向上を実現し、新原理デバイスの研究開発基盤を構築していくとしている。なお、今回開発した高品質単結晶育成装置は今年度中に事業化される予定だという。