名古屋大学(名大)は、線虫をモデル動物にした研究により、体内で鎮痛作用を示す内在性のマリファナ様物質(いわゆる脳内マリファナ)である「アナンダミド」が、切断された軸索(神経の線)の再形成(軸索再生)を阻害することを発見したほか、その阻害を仲介するシグナル伝達経路も同定したと発表した。
同成果は、同大大学院理学研究科の松本邦弘 教授、久本直毅 准教授、パストゥホフ・ストラヒル研究員らの研究グループによるもので、詳細は英科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。
神経細胞は軸索という長い突起を介して電気信号を伝達しており、外傷などで軸索が切断されると神経として機能できなくなる。神経は、軸索が切断されてもそれを再生する能力を潜在的に持っている、中枢神経を含む多くの神経ではその力が弱いか阻害されており、さらに加齢によっても低下するため、切断された神経の軸索再生の多くは起きにくいとされている。
近年、研究が進み、軸索再生を促進、あるいは阻害する因子がいくつか同定されたが、痛みを抑制する鎮痛物質と軸索再生の関係についてはよくわかっていなかった。そこで研究グループは、モデル動物である線虫C.エレガンスを用いた解析により、鎮痛作用を持つことがわかっている体内マリファナ様物質(脳内マリファナ)のアナンダミドが、神経切断後の軸索再生を阻害することを明らかにした。
また、アナンダミドが三量体Gタンパク質と呼ばれる細胞内因子を介して、軸索切断によって誘導される軸索再生シグナルを阻害することで、軸索の再生が起きないように働いていることも明らかにした。
今回の成果は、新規の軸索再生制御機構の発見というだけでなく、鎮痛作用を持つ体内マリファナ様物質が軸索の再生を阻害するという興味深い内容を示したものだが、研究グループはあくまで線虫における結果であり、直ちにヒトに当てはまるわけではないものの、アナンダミドそのもの、およびその下流のシグナル伝達因子と類似した遺伝子(ホモログ)はすべてヒトにも存在していることから、同様の制御がヒトでも起きている可能性は十分推測されるとする。
また、もしヒトでも起きているのであれば、ヒト体内で合成されたアナンダミドの量が多いと、より強い鎮痛反応を誘導すると同時に軸索再生も阻害すると推論されるともコメント。つまり痛みが弱いと神経の再生も弱いということで、これは切断神経に痛み(再生痛)があるほうが神経機能の回復が起きやすい、という臨床的な経験則と符合するほか、欧米などで神経性疼痛の治療に用いられている医療用大麻などの投与(大麻はアナンダミドと同様、あるいはそれ以上の作用を持つとされている)は、もしかすると痛みの緩和と引き換えに軸索再生の機会を奪っているのかもしれないともコメントしている。
なお研究グループでは、今後の研究によりアナンダミドの作用のうち軸索再生阻害作用だけを阻害する安全な薬剤が開発できれば、痛みの緩和と軸索再生を両立できることが期待されるとしている。