科学技術振興機構(JST)と東京大学は10月15日、ゲノム(全遺伝子)を守る小さなRNAが作られる分子機構の一端を明らかにしたと発表した。
成果は、東大大学院 理学系研究科 生物化学専攻の濡木理教授、同・塩見美喜子教授、同・西増弘志特任助教、同・石津大嗣助教らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は英国時間10月14日付けで英国科学誌「Nature」オンライン速報版に掲載された。
真核生物のゲノムには「トランスポゾン」と呼ばれる動く遺伝子が存在する。トランスポゾンが、ゲノム上の別の位置に転移すると遺伝情報に変異が生じる可能性があるため、遺伝情報を次世代に正確に受け継ぐ必要のある生殖細胞では、トランスポゾンの発現や転移を抑えることが非常に重要だ。
そうしたトランスポゾンの発現や転移を抑える仕組みが生物には備わっているが、その仕組みに異常が生じると精子形成や卵形成の異常、不妊につながることがわかっている。
これまでの研究から、生殖細胞に発現している「piRNA(PIWI-interacting RNA)」と呼ばれる約30塩基からなる小さなRNAが、トランスポゾンの発現を抑えることで、生殖細胞のゲノムをトランスポゾンによる変異から保護する、つまりゲノムの品質を管理する役割を担っていることが明らかになっていた。
piRNAは、ゲノムの特定の領域から作られる長い1本鎖のRNAが、RNAを切断する何らかの酵素によって切断されることにより作られると考えられている。また、piRNAの産生には「ズッキーニ(Zuc)」タンパク質を含むいくつかのタンパク質が関わっていることがわかっていたが、どのようなメカニズムでpiRNAが産生されるかは不明だった。
そこで研究グループは今回、ショウジョウバエのpiRNAの産生に関わるとされるいくつかのタンパク質の内、Zucタンパク質の構造と機能を詳細に調べることを検討。
まず、大腸菌を用いてショウジョウバエに由来するZucタンパク質を大量に発現させ、高純度に精製し、結晶化することに成功した。そして、理化学研究所が所有する大型放射光施設「SPring-8」の超高輝度マイクロビームを用いて、微小なZucタンパク質の結晶から高分解能のX線回折データを収集し、Zucタンパク質の結晶構造を解明したのである。
その結果、Zucタンパク質は1本の「ポリペプチド鎖」からなる「単量体」が2つ集まった「2量体」を形成していることがわかり、2量体の界面に1本鎖RNAを切断するのに適した形の酵素活性部位を持つことがわかった(画像1)。
画像1は。ZucのX線結晶構造。左の図はリボンモデルだ。Zucは2量体を形成し、2量体界面に酵素活性部位を持つ。2つの単量体は緑色と黄緑色で示されている。そして、黄色の球はRNA結合に関わる亜鉛結合ドメインで、灰色の球は亜鉛イオンを示す。Zucは「N末端」の「膜貫通へリックス」を介して「ミトコンドリア外膜」に結合していると考えられる。
画像1の右図は、分子表面モデルだ。青色はプラスに帯電した表面を、赤色はマイナスに帯電した表面を示す。基質である1本鎖RNAは酵素活性部位の溝に結合し切断されると考えられる。マゼンタ色の線は、1本鎖RNAを模式的に示したもの。酵素活性部位の溝の幅は狭いことから、2本鎖RNAは結合できないと考えられる。
さらに、これまでのタンパク質の可視化技術GFP蛍光イメージングの結果と一致して、Zucタンパク質はミトコンドリア外膜に局在して働くのに適した形をしていることがわかった。
次に、精製したZucタンパク質の酵素としての働きが調べられたところ、1本鎖RNAを切断する酵素活性を持つことが判明(画像2)。Zucの酵素活性部位の形から予想されたように、2本鎖RNAを切断しなかった。
さらに、Zucタンパク質の酵素活性部位を改変した変異体酵素を作製し、ショウジョウバエの生殖細胞に導入し、piRNAの産生やトランスポゾンの発現量が調べられたところ、Zucタンパク質のRNAを切断する働きはpiRNA産生とトランスポゾンの発現抑制の両方に必須であることがわかったのである。
画像2は、ZucのRNA切断活性。精製したZucタンパク質と放射性同位体により標識した合成RNAを混合し反応させたのちに、「ポリアクリルアミドゲル電気泳動」により解析した。野生型Zucは1本鎖RNAを切断したのに対して、酵素活性部位に変異を持つZucは1本鎖RNAを切断しなかった。
以上のように、X線結晶構造解析から予想されるZucタンパク質の働きが、生化学的および細胞生物学的な解析によるZucタンパク質の働きと一致し、Zucタンパク質は1本鎖RNAからpiRNAを産生する仕組みに必要不可欠なRNA切断酵素であることが示唆された(画像3)。
画像3は、piRNA産生モデル。ゲノム領域「piRNAクラスター」からpiRNA前駆体が転写される。piRNA前駆体は何らかの酵素「リボヌクレアーゼ」によって切断され、数100塩基長のpiRNA中間体が産生され、そのpiRNA中間体はさらにZucによって切断され、約30塩基長のpiRNAが産生される仕組みだ。
そして、顆粒構造体「Yb body」中において、タンパク質の「Armi」や「Yb」の働きにより、「PIWI(P-element induced wimpy testis)」タンパク質にpiRNAが組み込まれる。Piwi-piRNA複合体は核に移行し、トランスポゾンの発現を抑える。
今回の研究によってZucタンパク質の機能が明らかとなり、piRNA産生の分子機構の一端が解明された。今後、ほかのタンパク質の詳細な機能を明らかにしていくことで、トランスポゾン抑制機構が解明されることが期待される。
さらに、トランスポゾンによる遺伝子変異の抑制に関わるタンパク質の異常は、ショウジョウバエやマウスの研究から不妊につながることが確認済みだ。今後、ヒトのトランスポゾン抑制に関わるタンパク質についても同様に研究が進むことによって、ヒトにおける不妊発症機構の解明、さらにはその不妊治療への応用につながることが期待されると、研究グループは述べている。