理化学研究所(理研)は10月11日、文部科学省が推進する「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」が収集、提供した試料を用いて同定した前立腺がんに関連する「一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)」を、16種組み合わせて、日本人の前立腺がん発症リスクを診断する方法を開発したと発表した。
成果は、理研ゲノム医科学研究センター バイオマーカー探索・開発チームの中川英刀チームリーダー、同・統計解析研究チームの高橋篤チームリーダー、京都大学 医学研究科 泌尿器科学教室の小川修教授、同・赤松秀輔医師、岩手医科大学 医学部泌尿器科学教室の藤岡知昭教授、同・高田亮講師、東京大学 医科学研究所の中村祐輔教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月11日付けで米オンライン科学雑誌「PLoS ONE」に掲載された。
前立腺がんは世界でも発症頻度の高いがんの1つで、一般的に欧米人に多くアジア人には少ないがんと考えられてきた。しかし、日本でも、食生活など生活習慣の欧米化や人口の超高齢化に伴い、その罹患者数は急激に増えてきている。
日本における前立腺がんの「年齢調整罹患率」の年次変化を見ると、1975年は10万人あたり7.1人と低い状況だったが、2006年には40.2人と約5.6倍に増加。また、2020年には罹患者数が8万人に近くになり、男性のがんでは肺がんに次いで2番目に多くなると予測されている(出典:がん統計白書2004、がんの統計2011)。
前立腺がんは、一般的に増殖が遅く、ホルモン療法などさまざまな治療法があり。治癒の可能性が高いがんだ。高齢者の多くが症状のない早期の前立腺がんにかかっているとの報告もあり、こうした場合には、積極的な治療を行わないこともある。また最近になって、前立腺がん診断によく使用される「PSA検査」で見つかった早期の前立腺がんは、手術をしてもしなくても死亡率に差はないという報告もなされた。
前立腺がん診断に用いられるPSA検査は、一般的な住民検診として広く普及しているが、最近その検査の診断精度が問題視されている。例えば、診断の基準となる血清PSA値が異常に高い場合、前立腺がんだけでなく前立腺肥大や前立腺炎も含まれることがあるためだ。また、反対に血清PSA値が低い場合でも前立腺がんが見つかることも報告されている。
このようにPSA検査は治療が必要な前立腺がんだけを検出する機能に乏しく、診断およびその後の治療に伴う医療経済的な面でもその是非が問われているという状況だ。
前立腺がんの危険因子として、人種(アフリカ人>欧米人>アジア人の順に多い)、欧米型食生活、加齢などが挙げられているが、特定の危険因子はわかっていない。
しかし日本や欧米での研究で、これまでに前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見され、前立腺がんの発症には遺伝的要因の関わりがほかのがんよりも強いことが明らかになってきている。
研究グループは、日本人における前立腺がんの関連遺伝子やSNPを見出すため、オーダーメイド医療実現化プロジェクトで収集した約5000人の前立腺がん罹患者群について、「ゲノムワイドSNP関連解析」を行ってきた。
この研究によって、これまで日本人の前立腺がん発症と強い関連がある新規のSNPを2010年に5種、2012年に4種発見してきた。また、これまでに世界でさまざまな人種の前立腺がん発症に関連するSNPが50種以上発見されてきている。
そして研究グループは今回、そのSNPの中から日本人の前立腺がんとの強い関連が証明された16種のSNPを組み合わせて日本人の前立腺がん発症のリスクを診断する技術を開発することに成功したというわけだ。
血液検査でそれらのSNPの有無を判定し、それぞれのSNPが持つ前立腺がん発症リスクを積算して、その個人が持つ前立腺がん発症リスクを推定する。このリスク診断法について、日本人とアメリカ在住の日系人、合計4963人の前立腺がん罹患者と8035人の対照群で試したところ、その精度と再現性を確認することに成功した次第だ。
このSNPによる前立腺がんのリスク診断法の指標は、従来のPSA検査とは別の指標で評価するため、検査結果が重複することはない。そのため、PSA検査と組み合わせることで前立腺がんの診断精度を向上させることが期待できるという特長も持っているのである。
そこで、PSA検査において最もその診断精度に問題がある異常値と基準値の境界領域(グレーゾーン:PSA血清値が4~10ng/ml)の男性に着目し、過去に報告されたデータやSNP情報から、前立腺がん発症リスクが計算された。
通常PSA検査でグレーゾーンの男性の場合、前立腺針生検によって前立腺がんが発見されるのは20%ほどだ。しかし、今回のSNP検査を適応した場合、グレーゾーンの男性の4分の1は前立腺がん発症の低リスク群に入り、前立腺がん発症リスクが10%未満となることが予測できたのである(画像1)。
従来のPSA検査でグレーゾーンだった男性の多くは、身体的な負担が大きくさまざまな合併症の危険を伴う前立腺針生検を不必要に受けている。今後、PSA検査にSNP検査を補足すると、精度の高い診断結果が得られ不必要な前立腺針生検を回避できる可能性がある(前立腺がん検診の個別化)。
低リスク群でも前立腺がんを発症する可能性が0%ではないが、前立腺がんは一般的に増殖が極めて遅く、簡易なPSA検査を定期的に受けることによって、後に的確に診断して適切に治療することができるので、このSNP検査による個別化の弊害は、極めて少ないものと考えられるという。
このように、今回のSNP検査をPSA検査と併用することで、不必要な前立腺針生検を回避でき、PSA検査を中心とした前立腺がん検診をより効率的に運用できることが期待できるというわけだ。
そして研究グループは、このSNP検査が広く普及すれば、超高齢社会に突入したことでそれに伴って今後急激に増えると予測されるPSA検査陽性者の前立腺針生検や前立腺がんの治療に伴う医療費の低減に貢献すると期待できるとコメントしている。