東京大学は10月4日、絶滅危惧種「ツシマヤマネコ」の脳で、アルツハイマー病の特徴的病変である「βアミロイド」の沈着と「神経原線維変化」が高率に生じることを発見し、βアミロイドの沈着は顆粒状び漫性で「老人斑」は認められなかったが、神経原線維変化の形態、脳内分布、構成タンパク質はヒトのアルツハイマー病のそれらと同じであり、βアミロイドのアミノ酸配列はほかの動物種とは異なっていたと発表した。

成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 獣医学専攻のジェームズ・チェンバーズ特任助教、同・内田和幸准教授、同・中山裕之教授を中心とした、同・博士課程3年の原田知享氏、同・博士課程2年の坪井誠也氏、同・辻本元教授、農研機構 動物衛生研究所 疫学情報室の佐藤真澄室長、山口大学 共同獣医学部 獣医病理学研究室の久保正仁助教、鹿児島大学 共同獣医学部 病態予防獣医学講座 組織病理学分野の川口博明准教授、同・三好宣彰教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間10月3日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE(Public Library of Science One)」に掲載された。

ヒトの代表的な認知症であるアルツハイマー病では、脳にβアミロイドと「高リン酸化タウ」と呼ばれるタンパク質が沈着することが主要病変とされている。具体的には、βアミロイドは凝集して老人斑と呼ばれる小さなシミを形成。一方の高リン酸化タウは、凝集すると神経原線維変化と呼ばれる病変を形成するのである。

ヒト以外の老齢動物の脳では、老人斑はしばしば観察されるが神経原線維変化は観察されない。このため、ヒト以外の動物ではアルツハイマー病と完全に一致する病態は存在しないと考えられていた。

今回、研究グループは、14頭の長崎県対馬にのみ生息するネコ科の天然記念物で、ほ乳類レッドリストの絶滅危惧IA類のツシマヤマネコ(3日齢から15歳以上)および7頭のイリオモテヤマネコ(成獣)の脳組織を観察を実施。

すると、6頭のツシマヤマネコ成獣にβアミロイドの沈着が発見されたのである(画像1・2)。βアミロイドは神経網に顆粒状に沈着していたが、アルツハイマー病に特徴的な老人斑は観察されていない。

画像1(左):ツシマヤマネコの脳に見られた神経原線維変化(黒色の部分)。大脳皮質。ガリアス=ブラーク染色標本。画像2(右):ヒトのアルツハイマー病患者の脳に見られた神経原線維変化(黒色の部分)。大脳皮質。ガリアス=ブラーク染色標本

また、これら6頭中5頭には高リン酸化タウが沈着した神経細胞(神経原線維変化)も見られた。この神経原線維変化病変の形態、分布、構成タンパク質はヒトのアルツハイマー病のそれらと同じであった。

なお、そのほかの8頭のツシマヤマネコと7頭のイリオモテヤマネコについては、βアミロイドの沈着、老人斑、神経原線維変化、共に確認されていない。

次いで、ツシマヤマネコのβアミロイドの遺伝子配列を解析しアミノ酸配列を決定。すると、7番目のアミノ酸残基がヒトおよび老人斑を形成するほかの哺乳動物(犬、サル類など)とは異なっていることが突き止められた。

アルツハイマー病では、βアミロイドの蓄積により老人斑と神経原線維変化が生じ、神経細胞が脱落するため、認知症を発症する(アミロイド仮説)と考えられている。

これまで、飼育下のチーターで老人斑を形成せずに神経原線維変化を生じた老齢個体が報告されているが、同病変の詳細な解析はされていなかった。今回のツシマヤマネコにおける成果から、ネコ科動物では老人斑を形成せずに、アルツハイマー病と同様の神経原線維変化が形成されることが示された形だ。

また、チーターとヤマネコは約670万年前に種として分岐し、現在生息する地域が大きく異なる。したがって、これらの脳老化病変は、これら2つの動物種が進化発生する以前に獲得された表現形質だといえる。

今回の成果は、アルツハイマー病の病態のメカニズムおよび病態進化を解明する上でネコ科動物が特殊な存在であることを示しており、極めて重要な知見と思われるという。

なお、今回の研究では環境省の許可のもとに希少動物の材料を研究に使っている。