東京大学は10月2日、よりヒトと近縁の旧世界ザルに属するアカゲザルに関して、「味覚受容体」と「下流シグナル伝達因子」の発現様式をin situ hybridization法を用いて詳しく調べた結果、甘味、苦味、酸味、うま味の各味覚受容体が、「味蕾」中のそれぞれ異なる細胞で互いに排他的に発現することなど、これまでモデル生物として研究されてきたげっ歯類と同様の知見が得られたと発表。
その一方で、味覚受容体が舌の前半部と後方中央部にそれぞれ存在する「茸(きのこ)状乳頭」と「有郭(ゆうかく)乳頭」の両方で発現するなど、げっ歯類とは異なる発現様式も示すことも発見されたと併せて発表した。
成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻の石丸喜朗特任助教を中心とする、同・修士課程学生の阿部美樹氏(当時)、同・朝倉富子特任教授、同・阿部啓子特任教授、京都大学 霊長類研究所 分子生理部門の今井啓雄准教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月21日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE(Public Library of Science One)」に掲載された。
口の中に入った食物は、主に舌の上にある味蕾と呼ばれる組織で感知されることで、味として伝わる。味蕾が存在する「乳頭」という部位には、舌の前半部に散在する茸状乳頭、舌後方側部の「葉状乳頭」、舌後方中央部の有郭乳頭の3種類があり、アカゲザルは有郭乳頭を4個程度持つ(画像1)。
画像1。アカゲザル舌の模式図 |
味蕾を介して感知される味覚は、甘味、苦味、酸味、塩味、うま味の5基本味に分類される。これまで主にげっ歯類を用いた研究から、それぞれの基本味の味覚受容体タンパク質が発見されていた。
まず、甘味、苦味、酸味、うま味受容体を発現する細胞を比較。受容体は、うま味が「TAS1R1」、甘味が「TAS1R2」、甘・うま味が「TAS1R3」、苦味が「TAS2R」、酸味が「PKD1L3」だ。
その結果、味蕾中のそれぞれ異なる細胞で互いに排他的に発現していた。つまり、末梢の味蕾において、げっ歯類と同様にアカゲザルでも、基本味ごとに感知する味細胞が分かれていることが示されたのである。
げっ歯類では、甘味受容体と苦味受容体は、主に有郭乳頭と葉状乳頭で発現するのに対して、うま味受容体は主に茸状乳頭で発現していることが報告されていた(画像2)。
画像2。アカゲザル味覚関連遺伝子群の発現様式(拡大画像)。アカゲザル(上)とマウス(下)の味覚受容体と下流シグナル伝達因子の発現相関関係を表す(PLoS One7, e45426,2012より一部改変転載) |
しかしアカゲザルでは、甘味、苦味、酸味、うま味受容体はいずれも、茸状乳頭と有郭乳頭の両方で発現していることが判明。このことから、アカゲザルは、それぞれの基本味を舌のさまざまな部位で感じていることが示唆された形だ。
次に、苦味受容体「TAS2R」の味細胞での発現についての比較が行われた。ほ乳類は約30種類の苦味受容体TAS2Rによって、さまざまな苦味物質を受容する仕組みを持つ。ヒトTAS2Rは味細胞ごとに多様な発現様式を示すのに対して、げっ歯類では多数のTAS2Rが同じ味細胞に発現すると報告されている。
今回、アカゲザルでは、ヒトの場合と同様に、TAS2Rの種類ごとに発現細胞の頻度やシグナル強度はさまざまであることがわかった。TAS2Rが味細胞ごとに多様な発現様式を示したことから、アカゲザルは異なる苦味物質を識別できる可能性が考えられた。
研究グループはさらに、細胞内で味覚受容体と共役して作動する「Gタンパク質」の発現についても検討。Gタンパク質の内、2種類のαサブユニット「GNAT3(gustducin)」と「GNA14」は、アカゲザルにおいてもげっ歯類とほぼ同様の発現様式を示すことがわかった。
しかし、有郭乳頭においてGNA14を発現する細胞の割合がげっ歯類と比べて顕著に小さく、しかも甘味受容体を発現しない点で異なっていたのである。つまり、味情報を伝える味細胞内の経路が、アカゲザルとげっ歯類で一部異なる可能性が示唆されたというわけだ。
なお研究グループでは、霊長類とげっ歯類は共にほ乳類に属しているが、味を感じる仕組みに関しては、共通点と相違点があることがわかった今回の成果を受け、今後、ヒトの味覚機構の解明に繋がることが期待されるとコメントしている。