光産業創成大学院大学と日本原子力研究開発機構は10月2日、リチウムイオン2次電池の電極材料内部のリチウムの空間分布を、イオンマイクロビーム装置を用いて高分解能で可視化することに成功したと発表した。

近年、リチウムイオン電池はパソコンなどの電子機器のみでなく、電気自動車、家庭用蓄電池などへの利用が急速に進んでいる。現在、一層の高性能化を目指し、蓄積エネルギー密度や出力、寿命の向上、安全性の高度化などが期待されている。リチウムイオン電池の性能は、正極活物質および負極活物質の材料・組成・形状、電解質、使用法などに大きく依存するが、特に革新的な正負極活物質および電解質の開発が、電池の性能向上に重要と考えられている。

リチウムイオン電池の性能はリチウムの動きやすさに依存し、動きやすさは充放電におけるリチウム分布の計測により知ることができる。電極材料の開発には、電池内部のリチウム分布を可視化することが望まれているが、密閉状態にある厚さ数10μmの電極内でのリチウム分布を直接観察することはこれまで困難だった。

図1 リチウムイオン電池の構造と動作原理。正極は、直径約10μmの粒子状の活物質と、伝導性のカーボン粉末と接着剤の混合材料を、アルミなどの集電極に塗布したもの。一方、負極は、黒鉛などを銅などの集電極に塗布したものを用いる。充電時には、正極活物質から引き抜かれたリチウムイオンがセパレータ中の電解液中を移動し、負極に蓄えられる。充電容量は正極から引き抜かれたリチウムの総量で決まる。

電極材料の解析には、大型放射光施設「SPring-8」や大強度陽子加速器施設「J-PARC」などが利用されている。X線分光計測ではリチウム原子と近接原子との結合状態、中性子回折では原子配列など、ナノスケールでのリチウムイオンの機能や構造を測定することができる。しかし、電池の動作状態を把握するために必要なμm~mmスケールでのリチウムの空間分布を測定することが困難なため、新しい計測法の開発が望まれていた。今回、イオンマイクロビーム材料分析法をリチウムイオン電池に適用し、ミクロンスケールの分解能でリチウムイオンの分布を測定する方法を開発した。

イオンビームを用いるPIGE元素分析法では、イオンビームとリチウム原子核との相互作用において放出されるガンマ線の分布を計測することで、リチウムの分布を直接画像化できる。具体的には、イオンマイクロビームをリチウムイオン電池電極の平面または断面上を、数十分間かけてスキャンする。これにより、直接観察が困難だった電極内でのリチウムの分布を、ほぼリアルタイムで観察できるようになる。PIGE元素分析によるリチウムイオン電池の観測は2001年に報告されているが、分解能が約50μmと電池の動作状態を把握するには不十分だったため、原理実証に終わっていた。

今回、高エネルギー陽子線を1μmに集束できる世界的にも最高クラスの性能を有する原子力機構 高崎量子応用研究所のイオン照射施設「TIARA」のイオンマイクロビーム装置を用い、高い分解能を得るのに適した構造のリチウムイオン電池電極を作製し、PIGE元素分析により、リチウムイオン電池電極内のリチウムの空間分布を約1μmの高い分解能で計測することに成功した。

さらに、電極の厚さや充電速度などのパラメータを変えた試料に対し測定を系統的に行い、リチウムの分布がこれらのパラメータで大きく変化することを実証した。これらの依存性は、定性的には予測されていたが、定量的な測定が可能になったことで、他の計測法やシミュレーションの結果とも比較しつつ、電極活性物質、電解質、電池使用方法などのパラメータを、最適化することができる。したがって、同計測法の開発により、リチウムイオン電池性能向上の研究が促進されると期待されるという。

今回の実験では、LixNi0.8Co0.15Al0.0502(x=0.75~1.0)を活物質とするリチウムイオン電池正極内のリチウムおよび他の元素の濃度分布の充電前後での変化を、イオンマイクロビーム装置を用いたPIGE元素分析法と粒子線励起X線放出(PIXE)元素分析法により、約1μmの空間分解能で可視化に成功した。

つまり、電極内における直径5~10μmの粒子状の活物質のランダムな分布に対応したリチウムやニッケルなどの濃度分布イメージを取得するとともに、粒子の形状とその内部構造を計測し、充電前後で粒子内の元素分布が均一であることを明らかにした。

図2 μmの精度で電池内の濃度分布の可視化に成功。リチウムイオン電池正極を構成する活物質の(a)電子顕微鏡写真、(b)PIGEで測定したリチウムの空間分布、(c)PIXEで測定したニッケルの空間分布

さらに、厚さや充電時間などを変化させて作成した正電極を切断し、その断面内における元素分布を計測した。この結果、充電後の電極では、電極を厚くし、あるいは充電速度を速くすると、電極厚さ方向のリチウム濃度分布が不均一になることを、明瞭に定量的に示すことに成功した。また、リチウムイオン電池の充電において、正極活物質に蓄えられているリチウムイオンを、活物質全体にわたり一様に取り出すことが望ましいので、図3(a)に見られるような電極厚さ方向のリチウム濃度の不均一分布を少なくする条件を求めることが重要となるという。

図3 リチウムイオン電池正極の断面内におけるリチウム分布(左図)とニッケルの分布(中央の図)。各図で、上部が電解質、下部がアルミ電極に接していた面に対応する。ニッケルの分布で規格化したリチウムの分布を右のグラフに示す(このグラフでは、左端がゼロで、右方向がリチウムの増加を示す)。正極の厚さは、(a)が105μm、(b)が35μm。電極が厚いとリチウムの分布が不均一になることが、はじめて明確に示された

研究では、光産創大が電極材料内リチウム可視化技術を開発し、リチウムイオン電池の電極材料に対して、原子力機構がイオン照射研究施設「TIARA」のイオンマイクロビーム装置による高分解能計測を行った。

図4 イオンマイクロビーム装置を用いたμ-PIXEおよびμ-PIGEによる計測システムの概略

今後は、電極材料や構造、充放電条件などによるリチウムイオン分布の変化の測定、スペインと共同による電池動特性シミュレーションコード開発などを予定している。また、将来的には、より小型で安価なリチウムイオン電池評価装置を構築するため、超短パルス高強度レーザ生成イオンビームを用いた電池評価法の開発も検討しているという。