名古屋大学(名大)は10月2日、植物の1日の時間情報を司る遺伝子発現のネットワーク構造を発見したと発表した。
成果は、名大 高等研究院/科学技術振興機構(JSTさきがけ)の中道範人 特任助教、同大学大学院 生命農学研究科の神岡真理 院生、同・山篠貴史 助教、同・水野猛 教授、同・生命理学研究科/JST ERATOの鈴木孝征 講師、同・東山哲也 教授、理化学研究所 植物科学研究センターの木羽隆敏 研究員、同・榊原均グループディレクターら共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間10月1日付けで米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン版に掲載された。
植物の概日時計は、遺伝的に備わった1日の時間を計り取る機構だ。研究グループが以前に報告しているシロイヌナズナの概日時計の運行に関わるタンパク質群が、「PSEUDO-RESPONSE REGULATOR(PRR)」ファミリだ。
同ファミリのうちPRR5タンパク質は、昼から夜半にかけて存在し、その時間帯に時計機能に関わった働きをする。また、古くから植物における重要な生理現象(花芽の形成、組織の伸長、低温ストレスへの応答)は1日のうちの特定の時間帯にのみ認められることが知られていた。しかし、これらの生理現象の発現時間を決める仕組みはわかっていなかったのである。
研究グループは今回、シロイヌナズナのPRR5タンパク質が、自身のC末端にあるドメイン構造を通して生体内でDNAに結合することを見出した。さらにこの機能に着目し、PRR5が生体内で結合し、さらに作用し得る遺伝子領域を「高速DNAシーケンサ」と強制的活性化型PRR5を用いた「マイクロアレイ解析」によって決定した次第だ。
これらの方法で、およそ60個にのぼるPRR5の直接的なターゲット遺伝子が見つかった。これらの遺伝子の多くは、PRR5だけでなく「PRR7」と「PRR9」にもターゲットされていたのである。
60個のターゲット遺伝子の発現の抑制のタイミングは、昼から夜半に認められていた(画像)。この時間帯は3つのPRRが機能している時間と同じであったため、PRRはこれら遺伝子の発現のタイミングを決める上で主要な抑制因子として振舞うことが考えられるという。
さらにPRRのターゲット遺伝子には、花成の時期の決定、組織の伸長、そして低温ストレスへの応答のカギとなる転写因子タンパク質をコードしているものがあり、概日時計からこれら生理現象への制御経路が具体的に明らかとなった(画像)。
画像は、今回の研究成果の概略。およそ60個にのぼるPRR5の直接的なターゲットの遺伝子情報の発現は、昼~夜半にかけてPRRsによって抑えられている(オフモード)。一方、夜明け~朝にかけてはPRRsによる抑制がなくなるので、ターゲットの遺伝子情報の発現が見られる(オンモード)。
ターゲットの遺伝子情報はタンパク質に翻訳され、これらのタンパク質の働きにより、組織の伸長、花芽の形成の制御、低温ストレスへの応答といった高次生命現象が特定の時間帯にて引き起こされるというわけだ。
植物の概日時計に関連する因子が、ほかの生理現象のカギとなる転写因子タンパク質の発現を直に制御することで、それら生理現象の発現する時間を一括的に制御する仕組みが判明した形だ。
このような遺伝子発現のネットワーク構造は、分子的な起源の異なる時計を持つ生物種(昆虫や動物)でも近年報告されている。従って今回の発見は、生命システムの収斂的な進化の側面をとらえていると、研究グループはいう。
また、原産地とは異なる緯度に人類が作物を育種する過程で、概日時計に関わる遺伝子の変異が選抜されてきたこともわかっている。今回の発見は、育種過程で重要であったイベントに、分子生物学的な裏付けを与えることができたと、研究グループはいう。さらに、今後は時計分子の機能やネットワーク構造の理解を踏まえた上での効率的な育種も期待できると語っている。