東北大学は、独自の「テラヘルツ光」を用いて、肉眼では見ることができない絶縁被覆電線内の銅素線を安全かつ明瞭に可視化することに成功したと発表した(画像1)。
成果は、東北大大学院 工学研究科の小山裕教授、同・多元物質科学研究所の田邉匡生准教授、同・研究科の中嶋かおり研究補助員、同・浜野知行実験補助員らの研究グループによるもの。詳細な内容は、2012年10月7日から米国ハワイで開催される電気化学学会で発表される予定だ。
東北大学は戦前から、より高い周波数帯域を目指して研究開発を行なってきた。古くは八木秀次教授の「八木アンテナ」や岡部金次郎教授の「陽極分割型マグネトロン」、そして西澤潤一教授の「半導体レーザー」などだ。
研究開発された高周波電子デバイスは、マイクロ波(実は波長はセンチ)からミリ波まで広い周波数範囲にわたるが、半導体レーザーの発明で、波長(周波数)は一気に電波から光の領域へと飛び越えてしまった。
その飛び越え取り残されたミリ波~サブミリ波の光が「テラヘルツ(THz)波」と呼ばれるものである。テラヘルツの「テラ」とは、10の12乗を表す接頭記号であり、メガヘルツの「メガ」の100万倍高い周波数だ。しかし光としては極めて波長が長く、電波としてはとても周波数が高いために、発生・検出ともに極めて困難だった。そのため、永らく実用的には使われることがほとんどなく、「未使用周波数帯」と呼ばれていたのである。
その未開拓のテラヘルツ波を発生する研究が東北大学で行なわれ、1983年の西澤教授・須藤建教授の研究成果から始まり、2002年には広帯域・高強度連続周波数可変テラヘルツ光源が実現された。
それとは別に、西澤潤一教授の発明に関わる「タンネットダイオードデバイス」は発振周波数が半導体デバイスとしては極めて高い700GHz(0.7THz)帯に突入し、0.06THzから0.7THzまでカバーするテラヘルツ小型光源デバイスとして用いることができるようになった。同大のテラヘルツ波研究を引き継ぐ形で、研究グループは、レーザー励起テラヘルツ光源と半導体デバイス光源の開発および応用研究を推進しているというわけだ。
今回の研究成果は、テラヘルツ光にとって、人体に安全でありながら絶縁樹脂などには高い透過性を示し金属には反射される特徴を十二分に活かした「キラーアプリケーション」であるという。
研究グループはテラヘルツ光源開発およびそのための半導体結晶成長を推進し、各種レーザー励起光源や電子デバイス光源を構築し、医薬品やタンパク質などの広範な有機物のテラヘルツデータベースを構築してきた。
その中で、テラヘルツ光が絶縁被覆材料の代表であるポリエチレンなどの樹脂などをとてもよく透過し、電線素線である金属(銅など)ではよく反射したり、金属酸化物がテラヘルツ光反射に及ぼす大きな影響をたまたま見出し、今回の研究成果の基盤となったという。
特に被覆電線内部の銅素線を可視化するために、特殊な構造の光学系を備えた冶具を設計し、自動測定系を構築することにより、目に見えない絶縁被覆電線内部の電線素線イメージングを明確に示すことに成功した次第だ。
小型テラヘルツ光源として、独自に構成した種々の周波数を発生する半導体電子デバイスなどを用い、絶縁電線を測定するための、独自の光学装置を設計。その上で、さまざまな材質が用いられている絶縁被覆材料のテラヘルツ透過特性をデータベース化し、銅素線の腐食状態によるテラヘルツ光の反射特性を把握した上で、最適なテラヘルツ周波数により、絶縁被覆電線の内部銅素線を明瞭に可視化することに成功したのである。
このテラヘルツ光を使った新しい検査法によれば、世界中で日常的に行なわれている電線の点検作業を大幅に効率化することが可能だ。現在の検査法では、検査に先立ち停電する必要がある。熟練した検査作業員が電線の破断可能性が高い電線の被覆を機械的に除去し、経験に基づいて目視で内部の電線素線の腐食状態を検査し、もし破断の危険が高いと判断された場合には区間の電線を交換する。
しかし、破断の危険性が低いと判断された場合には、除去した絶縁被覆を修復するが、完全に修復することは困難で、水の侵入などにより新たな電線腐食の可能性を高めてしまう。また、今回開発されたテラヘルツ方式の検査法では、通電状態で検査が可能であるので、停電する必要がない。また絶縁被覆を機械的に除去することなく破断個所などの特定がイメージングで行なうことができるので、検査に経験を必要とせず、検査後に絶縁被覆を修復する必要もない。断線に至る前の腐食状態も把握することが可能になると考えているという。
金属の腐食状態にテラヘルツ光の反射特性が大きく影響を受ける理由は、テラヘルツ光の光量子エネルギーが金属腐食層を構成する化合物分子の弱い水素結合や水和物の分子振動周波数帯に対応するためであろうと考えている。
さらに、従来の透過検査に用いられるX線やγ線などの放射線と違い、人体が浴びても安全だ。安全で非破壊で経験を必要としない高効率な電線保守点検作業を実現することができるといえるのだ(画像2)。
研究グループでは、実検査装置に必要な装置構成の耐侯性などを精査し、高速な試験体検査を進め、さらに実検査に耐え得る装置構成に仕上げたいと考えているとした。
さらに今回の研究成果は、絶縁被覆電線素線の保守点検分野のみならず、同様の金属構造物が樹脂などの非極性材料に被覆・埋設形成された構造体の非破壊検査に広く適用可能であるので、橋梁や自動車用鋼板など、塗装膜下の金属構造物の亀裂や腐食検知、被覆ケーブルの劣化検査など、幅広く検査対象を広めていく予定だ。
そのために、未だ整備されていない各種金属腐食・酸化物成分のテラヘルツ分光データベースの整備を進める必要があると、研究グループは語っている。