北海道大学(北大)と帝京大学の研究グループは、鳥類に見られる刷り込み学習(インプリンティング)に着目し、学習臨界期を開始させる因子が甲状腺ホルモンであることを発見したと発表した。同成果は帝京大学薬学部の本間光一教授、山口真二准教授、青木直哉助教、片桐幸子助教、北海道大学大学院理学研究院の松島俊也教授らの研究グループによるもので、英国「Nature Communications」に掲載された。

ある種の学習には、その時期にしか習得できない臨界期(critical period)、あるいは感受性期(sensitive period)と呼ばれるものがあることが知られている。巣を持たないニワトリやカモなどの鳥類のヒナが、孵化直後に親を記憶して追いかける刷り込み学習(インプリンティング)はその典型的な例で、その研究報告は1872年のダグラス・スポルディングによるものまで遡るといわれている。以来、行動学的、心理学的、生化学的な考察が多数行われてきたが、およ140年の間、刷り込みの臨界期の分子機構、特に臨界期を決定する因子の存在については明らかにされてこなかった。

今回の研究により、ニワトリの場合2、3日間に限定されている臨界期の開始を決定する因子が、甲状腺ホルモンであることが見出された。すなわち刷り込みが成立するためには、学習を開始すると同時に甲状腺ホルモンが急速に脳内へ流入し、臨界期の扉を開く生化学反応を引き起こすことが必要なことが明らかとなったわけだ。

この反応は急速で、2~30分間の生化学反応で学習臨界期を開始させるのに充分なものであったという。また臨界期を過ぎ、学習させてももはや刷り込みが成立しなくなった鳥であっても、人為的に甲状腺ホルモンを注射することで刷り込みが可能となることも示されたほか、刷り込みには、その後の学習を効率よく習得できるようにプライミングする機能(学習の点火薬としての機能)があることも判明した。

さらに、このプライミング能力は、刷り込み学習をさせなくても、甲状腺ホルモンを一過的に与えるだけで獲得できることも確認された。この結果は、刷り込み学習は、これまで考えられていたような特殊な学習ではなく、動物が生まれてからあとに学習を積み重ねていくための能力を与えるという重要な役割があったことを示すものだという。

なお研究グループは、今回の成果である孵化後数日間に限定されている学習臨界期の開始を決定するホルモンが発見されたことは、ヒトの学習の獲得メカニズムにも応用可能な一般性を有する発見であるほか、若年期の教育の質を向上させる上でも重要な示唆を与えるものだとしており、学習を先延ばしにしてもあらかじめプライミングしておくことで、いつでもその後の習得を保証するような薬の開発など、これまでにない新しい研究アプローチを開拓する端緒となることが期待されるとコメントしている。