2012年9月1日、東京電力は家庭向け電気料金を平均8.46%、1kWあたり1.97円の値上げを実施した。今回の値上げは福島第一原子力発電所(原発)の事故で原発が稼働できなくなった結果、火力発電所の稼働率の向上、そしてそれによる原油燃料費がかさんだことに起因すると言われている。

こうした状況の中、電力を無理なく節約する技術として「スマートエナジー(スマートエネルギー)ソリューション」が注目されるようになってきた。家庭向けスマートエナジーソリューションの中で重要な役割を担うのがスマートメータだ。日本では、このスマートメータの標準化を経済産業省(経産省)が中心となって進めている。この標準化において、電力などの使用状況を調べるルートは、(A)電力会社などの通信ネットワーク~各家庭のスマートメータ、(B)スマートメータ~家庭内の各家電機器(HAN:Home Area Network)、(C)第3者経由、の3つが考えられており、通信方式として無線(920MHz帯や3G/LTEなど)、有線(光ファイバやPLCなど)の両方が検討されている。

半導体ベンダであるマキシム・インテグレーテッドも各種方式に対応したSoCやアナログ半導体を組み合わせたトータルソリューションを提供しているが、その中でもフランス電力公社(ERDF)と共同で開発したスマートグリッド向け電力線通信規格「G3-PLC」を強く推進している。IPv6をサポートし、OFDMを採用した同方式は、既存電力線を通信インフラとして活用できるほか、コンセントレータの台数を抑えられるため、導入コストを抑制できるメリットがあり、すでにフランスでは同規格を国内のスマートグリッド規格として導入を進めている。日本でも2012年4月の経産省のワーキンググループ「スマートハウス標準化検討会」が中間とりまとめにおいて、同プロトコルがHAN内のHEMSに対するスマートメータ通信用として推奨する旨が発表されているほか、ITUの通信規格としても確定されている。

マキシムはSoCからアナログ半導体まで、幅広い種類のデバイスを用意し、スマートエナジーの上流から下流までほぼ網羅することで、カスタマが1ストップでスマートエナジー対応ハードウェアを実現することを可能とするソリューションを提供しており、特にG3-PLCは通信の維持や既存インフラ活用によるコスト低減などが可能であり注力している

すでに国内の複数の電力会社におけるテストで、電力線上に家電製品からの強いノイズが存在したとしても、G3-PLCがメータから家庭内への通信を高い信頼性を保持して実現できることも確認されている。

まさに技術的には良いことづくめのG3-PLCだが、それだけではない。既存電力線を活用することによる投資コスト抑制は上述しているが、そのほかに同社が「Newport」と呼ぶスマートメータソリューションを活用することで、同プロトコルなどの詳細を知らない電力メータメーカーなども手軽に対応電力メータを製造することが可能になり、開発負担を軽減することも可能となっている。

マキシムが提供しているスマートメータソリューション「Newport」の外観とその機能概要。これを活用すれば、簡単にスマートメータを製造することが可能になる

さらにマキシムは2012年8月にECHONETコンソーシアムに加盟し、これにより同コンソーシアムが提供するスマートハウス向けHEMS標準インタフェース「ECHONET Lite」への対応検討に入った(G3-PLCはMAC層とPHY層のプロトコル、ECHONET Liteはさまざまな通信方式に柔軟な対応をするため、物理層やMAC層は規格の対象外)。経産省では同インタフェースを推奨しており、「エネルギー管理システム導入促進事業費補助金(HEMS導入事業)」の補助金交付を受けるためには同インタフェースの認証を受ける必要がある。そのため、将来的にはNewportを活用(同社はデバイスレベルでECHONET Lite規格に対応。レイヤ3より上層をカスタマが対応)することで、より手軽にECHONET Lite対応スマートメータを実現することが可能になる。

加えて、手軽にスマートエナジーを実現できるソリューションながら電力データの最重要課題である、その電力消費量が本当に実際に消費されたものであるかどうか、といったデータの正当性を担保する技術も同社では搭載している。というのも、2009年にセキュアマイコンベンダ「Inova Card」を買収しており、これにより暗号化技術を取得。データの正当性を担保することを可能としたのだ。

「スマートメータと電力会社の間のデータのやり取りは複数の通信方式を活用する必要がある」。こう語るのはマキシム・ジャパンのマルチセグメント スペシャリストである工藤一彦氏だ。スマートグリッドが話題になり始めた数年前は、電力線とスマートメータ間はZigBeeやWi-Fiなどの無線でつなげばよい、という考え方が多数を占めていた。しかし、実用検討が進んできた現在、無線だけだとマンションやアパートなどの一部世帯で電波が入りにくい、という問題が見えてきたからだ(携帯電話の3GやWiMAXの電波も場合によっては建物の内部に入ると途端に届かなくなる場所があることを思い浮かべていただければお分かりいただけるだろうか)。もちろん、中継アンテナやブースター、リピータなどを用いることも考えられるが、設備投資負担が増えれば、スマートメータそのものの普及が阻害しかねない。

PLCを活用することで、無線が入りづらい建物の内部や影などでも通信を行うことが可能となる

「スマートメータはより多くの家庭が使用できることが重要で、かつ、やり取りするデータは1%でも抜け落ちがあってはいけない。そうした意味ではそういう場所は有線が有利だし、無線とのブリッジ接続や既存電力ラインを活用できる低周波帯の電力線通信でノイズにも強いG3-PLCを用いれば電力会社も各家庭も安価に導入できるようになり、設備投資負担も減らすことができるようになる」(同)。すでに同社では各家庭における電力使用量の見える化に対応可能な電力計測マイコンなども提供しており、着々とスマートエナジーソリューションも拡大を進めている。

なおG3-PLCは2011年に同社を中心にTexas InstrumentsやSTMicroelectronics、Cisco、Landis+Gyrなど半導体やネットワークソリューション、スマートメータベンダなど12社によるアライアンスが構築され、2012年5月には新たに配電・建設・研究を手掛けるロシアMRSK、エネルギーシステムインテグレーターのAtos Worldgrid、ルネサス エレクトロニクス、NXP Semiconductors、Freescale Semiconductorなど11社が新たに加わっており、スマートエナジー分野での重要性が増しつつある。

G3-PLCアライアンスへの参加企業は、半導体ベンダのみならず多岐にわたる

そうした意味では、こうしたグローバルですでに実績のあるソリューションをうまく活用することで、低コストかつ迅速に、より多くの家庭へスマートメータの設置を促すことにつながるはずである(すでに海外で実績があるということは、それなりに投資メリットなどが考慮されていることを踏まえた結果であると考えるとわかりやすいはずである)。スマートメータは地域の1家庭のみに設置するだけでは不十分で、地域、市区町村といった単位でまとまって始めて消費電力の低減と最適化が可能になってくる。そうした全体最適化により、必要なところに必要なだけ電力を送ることが可能となり、ひいては発電量の低減につながることとなる。スマートメータはそうした現在の日本が抱える電力問題を解決できる鍵の1つとなる可能性が高く、G3-PLCがその牽引役になる日が近づきつつある。

G3-PLCはすでに世界各国でフィールドテストが実施されており、国によっては実用化済みだ。日本でもビル内テストなどが行われている