東京大学は、位相雑音を小さくした「位相スクイーズド光生成技術」とフィードバック制御技術を組み合わせた「超高精度な光位相追跡技術」を開発し、古典物理学的限界を超えて、これまでは不可能だったダイナミックに(大きな変動幅で時間的に)変動する光位相の超高精度測定に成功したと発表した。
さらにこの研究では、超高精度な光位相追跡において、ハイゼンベルクの不確定性に由来する真の限界である「量子力学的限界」の存在も明らかにした形だ。
成果は、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の古澤明教授(同・ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構兼担教授)、同・米澤英宏特任講師と、オーストラリアのグリフィス大学、ニューサウスウェールズ大学、クイーンズランド大学、マッコーリー大学などとの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間9月20日付けで「Science」に掲載された。
光の精密な位相測定は、通信・計測をはじめさまざまな分野で基本となる重要な技術だ。しかし、光の位相測定の精度には、通常の手法(古典物理学的手法)では越えられない限界があり、これを超えるためには量子力学的手法が必要であることが知られていた。
量子力学的手法とは、量子もつれや位相スクイーズド光(位相雑音が小さな光)を用いることなどを指す。これまでにも、光位相の古典物理学的限界を超えた高精度測定は幾つか報告されていた。
しかしそれらは、光の位相が時間的に変動しない(または変動幅が極めて小さい)条件下であり、より一般的な、光の位相がダイナミックに変動する条件下での超高精度測定は実現されていなかったのである。このようなダイナミックに変動する光の位相測定は応用上に重要だ。例えば、コヒーレント光通信のように光の位相に情報を載せる場合などがこれに当たる。
そこで研究グループは今回、位相スクイーズド光生成技術とフィードバック制御技術を組み合わせた「超高精度な光位相追跡技術」を開発(画像1・2)。光の位相測定では、測定対象の光(以後、「入力光」と呼ぶ)と参照用の光(以後、参照光と呼ぶ)を干渉させて位相を検出することになる(画像1では簡単のため参照光は省略し、測定器に含めてある)。
今回の研究では、2つの光の位相差によって検出感度が決まる(画像3・4)ことに着目し、高精度な測定をするために、参照光の位相を適切に制御する方法が開発された。
つまり「光位相追跡」では、入力光の位相を測定し、参照光の位相が入力光位相に追随するようにリアルタイムにフィードバック制御できる手法を初めて確立した。
これにより時間的に大きく変動する光位相を超高精度に測定することが可能になり(画像5)、古典物理学的限界を上回るレベルを達成した(画像6)。さらに、この研究では、超高精度な光位相追跡においては、ハイゼンベルクの不確定性による量子力学的限界が存在することを示した(画像6)。
画像5は、光位相追跡を用いた、光位相の超高精度測定の結果。(a)が推定対象となる信号であり、入力光の位相に対応する。この入力光を測定し、その結果を基にフィードバック制御を行い、測定器をリアルタイムに最適化する。(b)光位相追跡によって得られた最終的な結果。信号(a)を精度よく再現している。
画像6。スクイージングレベル(位相雑音の減少度合い)を変えた時の推定誤差(下に行くほど精度がよい)。(i)は古典物理学による推定精度の限界である。(ii)は本実験における理論線。古典物理学的限界を超えた精度で位相測定が実現できている。
さらに、スクイージングレベル(位相雑音の減少度合い)を上げた時に推定精度に限界(量子力学的限界)が存在することが示された。これはハイゼンベルクの不確定性原理に由来する真の量子力学的な限界である。
光の位相測定の応用分野は、長さの超精密測定、その究極である重力波干渉計(空間の歪みを測定し、アインシュタインが予言した重力波の存在を実証する)、超大容量コヒーレント光通信、超大容量と究極の安全性を実現する量子通信・量子暗号等、多岐にわたり、その高精度化は社会に非常に大きなインパクトを与えるものだ。
今回の成功により、光の位相測定の飛躍的な高精度化が可能となり、上記の応用分野に大きな波及効果が期待されると、研究グループは述べている。