理化学研究所(理研)は9月19日、サクラ育種家である山形市のJFC石井農場の石井重久氏と共同で、仁科加速器研究センターの理研リングサイクロトロンから発生する「重イオン(ヘリウムイオンより重いイオンのこと)ビーム」による「変異誘発技術」を用いて、サクラの新品種として「仁科春果(にしなはるか)」(画像1)と「仁科小町(にしなこまち)」(画像2)の2品種の作出に成功したと発表した。
変異誘発技術とは、ほかの有用形質に影響を与えず変異を誘発し、育種年限の大幅な短縮を可能とする日本独自の開発技術のこと。γ線やX線などの放射線照射や化学変異剤処理などの従来の手法に比べ、高生存率を示す極低線量照射でも、変異率が高いという特徴がある。
成果は、理研 仁科加速器研究センター 応用研究開発室生物照射チームの阿部知子チームリーダーらの研究グループと、サクラ育種家である山形市のJFC石井農場の石井重久氏との共同開発によるもの。2012年9月14日、理研と石井氏は共同で、農林水産省に両サクラを品種登録出願した。
2006年に研究グループは、花の大きさが3.0~3.5cm、花弁数は21~50枚の八重咲きのサクラ「春月花」の枝に炭素イオンを照射し、接ぎ木をして開花した照射集団内で自然に受粉させ、後代の種子を獲得。2009年になってその種子をまき、2012年4月、開花した集団から2つのサクラ新品種を作出することに成功した。
1つは、花の大きさが春月花に比べて4.1~4.2cmと大きく、花弁数が23~25枚と安定した八重咲きの仁科春果だ。もう1つは、花の大きさが1.3~1.4cmと小さく、花弁数も5枚で一重咲きの仁科小町である。この仁科小町は、サクラでは珍しく、花が完全に開かないぼんぼりのような形(ぼんぼり咲き)となった。なお、今回の2品種の名前の「仁科」は理研加速器の父と呼ばれる仁科芳雄氏に由来している。
これまで理研が重イオンビーム照射で育成してきたサクラの新品種「仁科蔵王」と「仁科乙女」は、照射した枝そのものが変異し、それをクローン増殖して新品種とした(重イオンビームの直接利用品種)。
今回の2品種は、照射した枝そのものには大きな変化はなかったのだが、交配を経た後代ではじめて変異が見られ、それを新品種としたものだ(重イオンビームの間接利用品種)。
「仁科春果」の花苗の増産は、栃木市の「とちぎ桜組合」の組合員である栃木市の生産農家が行い、9月末からコメリが販売する予定だ。また、「仁科小町」の花苗の増産は富士市のJFC石井農場が行い、9月20日から大阪府の京阪園芸が販売する。
なお生物照射チームでは、この重イオンビームを使った園芸植物の品種改良技術を開発し、すでダリア、ペチュニア、バーベナなど多くの品種を実用化している。