東京大学は9月19日、シカゴ大学や理化学研究所(理研)などの協力を得て、がん細胞の異常増殖や悪性化の一因となる新規メカニズムとして、正常細胞中で外界ストレス応答を担う制御タンパク質「heat shock protein70(HSP70)」ががん細胞の中で「メチル化」され、異常な細胞局在および細胞増殖を促進させることを突き止めたと発表した。
成果は、東大医科学研究所の浜本隆二助教(チームリーダー)、同・趙顯洙研究員、シカゴ大学医学部 兼 東大医科学研究所の中村祐輔教授、理研 吉田化学遺伝学研究室の吉田稔主任研究員、同・島津忠広研究員らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月18日付けで英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。
近年の分子医学の発展、集学的治療の進歩により、がんによる脅威は減少しつつあるが、依然日本人の死因第1位を占め、効果的ながん治療法の確立は常に国民から期待されている。
また、化学療法による副作用はがん患者のQOLを著しく低下させているのは周知の事実であり、がん細胞特異的に作用する分子標的治療法の開発も注目されているところだ。がん分子標的治療法の研究は進んでおり、これまではタンパク質のリン酸化が主な標的となっており、「グリベック」など効果的な治療薬が開発されてきた。
その一方で、研究グループはタンパク質のメチル化に焦点を当てて研究を実施。今回の研究では、HSP70ががん細胞の中でメチル化され、異常な細胞局在および細胞増殖を促進させることを突き止めた。これは世界に先駆ける重要な発見で、分子標的治療薬開発における新しい標的になる可能性を示したものである。
研究グループは今回、最初にがん特異的にメチル化が亢進しているタンパク質を同定することを目的に、「pan-methyl lysine抗体」を用いて、非腫瘍細胞と比して腫瘍細胞でメチル化が亢進しているタンパク質を「マススペクトロメトリー」で解析。
その結果、HSP70が同定された。さらにマススペクトロメトリーで詳細にメチル化部位を解析したところ、561番目のリジン残基がジメチル化していることが同定されたのである。
そこで、特異抗体を作製し臨床検体を用いて免疫組織学的解析を実施。その結果、このメチル化は肺がん組織、膀胱がん組織、腎がん組織において非腫瘍部と比して腫瘍部で著しくメチル化が亢進していることが判明した。
通常HSP70は細胞質に主に存在しているが、メチル化したHSP70は主に細胞核に局在していることもわかり、その点に関して研究グループは「興味深いこと」としている。
一方、このメチル化を司るメチル化酵素の探索も行われ、ヒストンメチル化酵素「SETD1A」がHSP70をメチル化していることを同定し、SETD1Aの発現もがん細胞特異的に亢進していることが突き止められた。
続いて、がん細胞中でのメチル化HSP70の機能を解析する目的で、メチル化HSP70に結合するタンパク質を「免疫沈降法」で探索。すると、細胞分裂に必須な「Aurora Bキナーゼ」が同定された。
メチル化HSP70がAurora Bキナーゼに結合するとその活性が増強されることから、メチル化HSP70が核内に局在することにより、細胞分裂が促進すると考えられるという。
実際に野生型HSP70に比して、メチル化非活性型HSP70を強制発現させることにより細胞の増殖が有意に低下することから、メチル化HSP70はAurora Bキナーゼを活性化させることにより、がん細胞の異常増殖および悪性化に寄与していることが示唆された。
今回の研究により、ヒストンメチル化酵素SETD1AがHSP70をメチル化し、メチル化HSP70はAurora Bキナーゼを介してがん細胞の異常増殖および悪性化に寄与するという新しいメカニズムが明らかになった形だ。
SETD1Aの発現をノックダウンすることにより、がん細胞の増殖が著しく抑制されることから、SETD1Aの機能を阻害しHSP70メチル化を抑制することは抗がん治療に直結することが期待されるという。
また、近年、がん治療を受ける患者の負担を減らすため、がん細胞に特異的に作用する分子標的治療法の開発が注目されているが、本成果により、タンパク質のメチル化を標的とする新しい治療薬開発のアプローチが示されたと、研究グループは述べている。