東京大学は、産業技術総合研究所(産総研)などの協力を得て、固体表面の狙いの場所に有機分子1分子を結合させ、その1分子を結晶化のタネとして用いることで、そのタネ分子の上に1分子また1分子と分子が積み重なる過程を経て、大きな結晶へと成長する過程をつぶさに検討した結果、固体表面に分子が次第に積み重なって大きな結晶に成長する機構を、実験的に解明することに成功したと発表した(画像1)。

成果は、東大大学院 理学系研究科化学専攻の中村栄一教授、同・原野幸治助教、産総研 ナノチューブ応用研究センターの末永和知上席研究員、同・研究センター カーボン計測評価チームの越野雅至研究員、パリ市立工業物理化学大学院大学(ESPCI-ParisTech)のLudwik Leibler教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月16日付けで「Nature Materials」オンライン版に掲載された。

画像1。カーボンナノホーンに結合したタネ分子から結晶が生成する機構

物質の表面で「過飽和溶液」から結晶が生成する現象は、我々のごく身近で見られ、生体現象や工業プロセスとも深く関わっている。尿酸の結晶化が引き起こす痛風のように、結晶化が関与する疾患も知られている。しかし、結晶化のメカニズムは未解明の部分が多い。これは、小さな分子が表面で結晶を形成する過程を観察する手法がこれまでになかったことに起因する。

結晶が生成する過程を観察するために、ナノ炭素材料の1種で、直径およそ100nmの粒子である「アミノカーボンナノホーン(CNH)」の表面に、Y字型をした有機分子(タネ分子)を結合させた材料が作製された(画像2)。

画像2。カーボンナノホーンの走査型電子顕微鏡像。粒子表面に見える凹凸は個々のナノホーン(角)である

この固体をY字型をした有機分子(Y分子)の「過飽和溶液」に加え結晶化が行われたところ、数日の後にCNHの表面から結晶が選択的に成長したのである(画像3・4)。

タネ分子を結合させていないCNHを用いると結晶化は起こらず、CNHへの物理吸着のみが起こることから、タネ分子はY分子の結晶化を仲介する役割を果たしていることがわかる。

カーボンナノホーン表面から成長したY分子の結晶の透過型電子顕微鏡像。カーボンナノホーン粒子(赤矢印)が結晶表面(青矢印)にたくさん付いている。画像3(左)の10倍に拡大したのが画像4

タネ分子はCNH表面の尖端部に結合しているため、原子分解能の「単分子実時間電子顕微鏡イメージング(SMRT-TEM Imaging)」によって結晶化を行った後のCNHの尖端を観察することで、タネ分子が大きな結晶へと成長する途中の構造をとらえることができた。

合計4000個のナノホーンを個々に調べた結果、固体の上に付けた1分子の上に、まずは数個のY分子がランダムに集まった集合体(クラスタ)がすみやかに多数形成され、その中のごく一部のみが結晶へと成長するという確率過程であることが初めて実験的に証明されたのである(画像5・6)。

SMRT-TEMで観察したタネ分子とY分子の集合体の画像。画像5(左)は、タネ分子とY分子2分子からなるクラスタ。画像6はより大きなY分子約15分子からなるクラスタ。角状に見えるのがCNH

さらに、各成分の構造を決定し数を数えることにより、1分子が大きな結晶に成長する確率を見つもることにも成功した。注目すべきは、結晶では分子は周期構造を持ち規則正しく並んでにも関わらず、その前駆体である集合体がランダムな構造を取ることである。

この事実から、クラスタの構造が刻々と時間変化する中で、たまたま規則的な構造を取った瞬間にこれが結晶核となり結晶成長するという、核形成と結晶成長の分子描像が導き出された。

またクラスタから結晶へと成長する確率は10億から1兆分の1と低く、これは食塩やミョウバンを結晶化させると大きな結晶が少数だけ生成するという観察事実と符合する。

このように「各成分の構造を決定し数を数える」ことが今回の実験の重要なカギであり、これはSMRT-TEMによってタネ分子やクラスタを分子レベルで個別に観察することで初めて可能になった次第だ。

従来の説では、固体表面が本来持つ周期性が、その表面に成長する分子結晶の周期性を誘起すると考えられていた。今回の発見は、それが間違いであり、固体状に1つの共有結合で付けた1つのタネ分子があるだけで、その上に自然と結晶が成長することを新たに示した形だ。

ただし、どんなタネ分子でもよいというわけではなく、結晶となるべき有機分子によく似た分子である場合に、そこに結晶が成長するのである。よって、タネ分子のデザインを工夫すれば、同じ分子からでも違う性質を持った結晶を作り分けることができ、物質の性質をさまざまに変えることが可能となるというわけだ。

今回開発された手法は、さまざまな物質の結晶化プロセスを分子レベルで解明することを可能にするものだ。物質の性質は、物質を形成する分子の性質と分子集合体である結晶の性質の足し合わせで決まるため、結晶の形や性質を制御することは新材料の創製のために欠かせない技術である。

今後、さまざまな分子の結晶化機構を明らかにすることで、望みの形や性質を持った結晶を自在に作製することができ、有機太陽電池を初めとする有機電子デバイスや医薬品の設計・製造をより効率的に達成できると期待されると、研究グループは述べている。