日本原子力研究開発機構(JAEA)は、医療診断用のラジオアイソトープ(RI)を国内の生産でまかなうため、短半減期である「モリブデン-99(99Mo)」(画像1)製造の国産化技術開発の一環として「高密度MoO3ペレット」の製造技術を開発、成功したと発表した。

なお、今回の成果は、文部科学省原子力基礎基盤イニシアティブにより実施されている受託研究「JMTRを用いた放射化法による99Mo/99mTcの国産化技術開発」における成果の一部となっている。

日本の脳血流、心機能、がんなど核医学診断件数は1年間に約140万件となっており、その内約90万件については、医療診断用のRIである半減期6時間の「テクネチウム-99m(99mTc)」(画像1)を検査薬として使用している。そして、99mTcは半減期66時間の99Moから製造する具合だ。

画像1。原子番号42の99Moは半減期66時間で、β-崩壊により原子番号43の99mTcとなり、さらに半減期6時間で、核異性体転移でテクネチウム-99となる

日本の99Moの需要は米国に次ぎ世界第2位という状況であるにもかかわらず、実は全量を航空機による輸入に頼っているという問題があった。そのため、近年は、製造用原子炉のトラブルなどに伴う停止、アイスランドの火山噴火による空路障害などにより核医学診断ができなくなり、国民の安全・安心に対して重大な悪影響を及ぼす事例が起きている。よって、日本で99Moを製造することが喫緊の課題となっているのだ。

99Moの95%以上は、画像2に掲載した原子炉において、高濃縮ウラン(HEU、235U濃縮度50%以上)の核分裂を利用する「(n、f)法(核分裂法)」にて製造されている。

画像2。世界の主な99Mo生産炉と供給の状況について。*1:平成23年3月9日現在。*2:99Mo供給率/週 ‘The Supply Medical Radioisotopes',OECD2010NEA No.6967より転載

一方、米国が提唱する「GTRI(地球的規模脅威削減イニシアティブ:2004年5月、エイブラハム米エネルギー長官が提唱)」において、米国や旧ソ連より各国に対して研究炉用の燃料として提供されたHEUがテロリストの手に渡ることを防ぐため、すべての国における民生用研究炉用燃料のHEUから低濃縮ウラン(LEU、235U濃縮度20%未満)への転換が示されている。

このため、核分裂法を用いた99Mo製造では、製造に用いるウランにLEUを用いる方法に移行されつつあるが、放射性廃棄物量が従来の約5倍に増大すると評価されており、その点が課題だ。

そのような背景により、原子力委員会の報告書「原子力政策大綱に示している放射線利用に関する取組の基本的考え方に関する評価」(平成22年6月1日)において、「関係行政機関が、産業界・研究開発機関等の関係機関と緊密に連携・協力しつつ、国としての対応について検討を進めていくことが必要である」との提言がなされた。

これを受け、平成22年10月に「モリブデン-99/テクネチウム-99mの安定供給のための官民検討会」が発足し、平成23年7月まで合計5回の会合が開催され、報告書がまとめられたという状況だ。

この報告書の中で、日本での99Mo国産化は、「(n,γ)法」(中性子放射化法)による99Mo製造方法が第1候補として提案している(画像3)。「材料試験炉(JMTR)」(画像4)を用いた99Mo製造技術開発を推進し、5年をめどに事業化することが目標とされた。

画像3。JMTRを用いた(n,γ)法による99Mo製造に関わる製造工程と検討課題

画像4。JMTR。原子炉内において、燃料や材料に中性子を当てる試験を行うことのできる原子炉を材料試験炉といい、原子力機構大洗研究開発センター内にJMTRがある。JMTRは施設を改修後、約20年間利用し、平成42(2030)年度頃まで運転を行う予定

一方、原子力機構理事長の諮問機関であるJMTR運営・利用委員会の下に設置された「99Mo国産化検討分科会」の最終報告(平成23年3月9日)においては、JMTR稼働時において、1000キューリー(Ci)/週の99Mo製造が可能であり、これは国内における需要量の2割に相当すると報告されている。

こうしたことから、99Mo製造の国産化を早期実現すれば、日本における99Mo需要に対して、天然Moを用いた場合は約20%、高濃縮(約98%)98Moを用いた場合は100%の供給が期待できるわけだ。

そのため、医療診断用ラジオアイソトープ製造の「産業利用の拡大」として、JMTRを用いて、放射化法による99Mo製造の国産化技術を確立し、99Moの安定供給の確保のための99Mo製造の実用化を目指した技術開発を進めされている。なお画像3には、JMTRを用いた(n,γ)法による99Mo製造に係る製造工程および検討課題もまとめてある。

GTRI(地球的規模脅威削減イニシアティブ)の下で活動している「RERTR(Reduced Enrichment for Research and Test Reactors)」プログラムにおいて、HEUの利用を限定するために99Mo製造用ターゲットをLEUで代替することが検討されており、IAEAも同プログラムをサポートしている。

昨年開催された「RERTR会合(RERTR2010-32nd International Meeting on Reduced Enrichment for Research and Test Reactors)」においても、HEUからLEUへの移行に重点が置かれていた。

しかしながら、LEUであったとしてもウランを用いる99Mo製造方法では、プルトニウム(Pu)製造量や放射性廃棄物量が増大することなど危惧すべき課題点も多い。

このため、(n,γ)法による99Mo製造方法の技術的確立は、国民の健康維持、すなわち「健康の安全保障」のためにも非常に大きな意義があると共に、核不拡散およびテロの脅威低減、すなわち「国家の安全保障(核セキュリティ)」にも資することとなるというわけだ。画像5は、核分裂法と(n,γ)法による99Mo製造比較を示した表だ。

画像5。核分裂法と(n,γ)法による99Mo製造比較

(n,γ)法では、核分裂法と比較して、検査薬にするための99mTcの放射能濃度が低いこと、希少資源の1つであるMoの有効利用などの技術的課題があり、実用化のためにはこれらの課題を早急に解決しなければならない。そのため、原子力機構では、これらの課題を解決するための取り組みの1つとして、高密度MoO3ペレットの製造技術開発を行っており、今回それに成功したというわけだ。

一般的にセラミックスの製造方法として用いられる「一軸加圧成型法」、「ホットプレス法」、「熱間静水圧焼結法」などで製造したMoO3ペレットは、焼結密度が低いという欠点があった。また、MoO3ペレット形成時に樟脳、「ポリビニルアルコール(PVA)」などのバインダーを添加しなければならず、MoO3ペレット中に不純物が混入する可能性もあったのである。

一方、プラズマ焼結法で製造したMoO3ペレットは約95%T.D.(理論密度)と高い焼結密度を有するものであるが、この方法で製造した高密度MoO3ペレットを水酸化ナトリウム(NaOH)で溶解した時、溶解に要する時間が長いこと、溶液中に不溶解性残渣が多いことなどの特性を改良する必要があり、医療診断用RIである99mTcを抽出するにはまだ必ずしも十分ではなかった。

高密度MoO3ペレットは、画像6に示したプラズマ焼結法が行える焼結装置を用いて製造される。同装置を構成するのは、試料粉体を焼結型に充填する容器、一軸加圧機構、試料加熱系、パルス電流を印加できる電極系などだ。

型内部の温度は、型に開けられた孔を介して挿入される熱電対によって測定される。プラズマ焼結法によるMoO3ペレットの製作においては、従来から大気中での焼結が可能であること、かつ焼結前にパルス電流を流すことにより、粉体間の焼結性を活性化させる効果をもたらすことが特徴だ。

プラズマ焼結法によるMoO3ペレットの製作の内、圧力、電圧および電流を一定にし、焼結温度をパラメータにして得られたMoO3ペレットの焼結特性の結果を示したのが、画像7である。MoO3ペレットの焼結温度と焼結密度の依存性を示したものだ。このデータから、焼結する温度の上昇と共に、MoO3ペレットの焼結密度が増加することが明らかとなった。

画像6。焼結装置の概念図(プラズマ焼結法)

画像7。焼結密度と焼結温度の関係図

また、このデータから大気中で焼結温度を500℃以上540℃未満とすることにより、一軸加圧成型法で製造したMoO3ペレットに比べ、約3割99Moを多く製造可能な焼結密度が、90%T.D.以上の高密度MoO3ペレットを得られることが判明している。すなわち、従来示されてきた温度よりも低い温度で目標焼結密度を達成できたというわけだ。

さらに、開発された高密度MoO3ペレットを酸化処理する工程、すなわち室温以上120℃未満の反応温度範囲ではMoO3ペレットをオゾンガスに暴露、もしくは350℃以上500℃以下の温度範囲では空気中で仮焼する工程を追加することにより、高密度MoO3ペレットをNaOHで溶解した際に生じる不溶解性残渣がない高純度の溶液を目標時間(3時間以内)内で得ることができた(画像8)。

画像8。オゾンガス暴露による酸化処理およびMoO3ペレットの溶解試験結果

以上より、プラズマ焼結法による高密度MoO3ペレット製造の見通しが得られた。また、MoO3ペレットの特性等を詳細に調べ、より純度の高い溶解液を得るための製造条件に反映した。

今後は、安全を最優先にJMTRの再稼働を目指し、その後、JMTR付設の照射設備を用いて実証試験を行い、ライフイノベーション具現化のため、Mo-99製造国産化の早期実現に取り組むと、JAEAではコメントしている。