物質・材料研究機構(NIMS)は9月13日、電気的に中性である「マヨラナ粒子」の理論解析を行ってその操作方法を考案し、特殊な超伝導状態の「トポロジー」特性を利用するように設計された「ナノ量子デバイス」を用いれば、局所的な「ゲート電圧」のスイッチングだけでマヨラナ粒子を自在に搬送・交換することができると発表した。
成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の梁奇峰MANAリサーチアソシエート、王志MANAリサーチアソシエート、古月暁 主任研究者らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間9月11日付けで欧州物理学会の論文誌「Europhysics Letters」に掲載された。
量子計算は、量子状態によって情報を記録し、量子状態を変換することによって情報を処理する。量子波動関数の重ね合わせを利用することで、大量の情報を並列に処理し、従来の計算方法を遥かに凌ぐ計算パワーを持つ。
量子計算は、特に素因数分解等の問題解決に非常に大きな威力を持ち、最先端の暗号技術や「量子シミュレーション」などへの重要な応用が期待される。情報の最小単位となる「量子ビット」を実装する方式として、今までにも「SQUID」や「量子ドット」などが提案され、量子計算の成功例も報告されている。しかし、電磁場ノイズなどの環境からの影響で量子状態が壊れやすいこと=「デコヒーレンス」が、大規模な量子計算のボトルネックになっている。
これらの問題点を克服できる新しいアプローチとして、近年マヨラナ粒子を用いた「トポロジカル量子計算」が急速に注目を集めている。この新しい方式は、非アーベル統計に従うマヨラナ粒子系の持つ縮退した「基底状態」を量子ビットとして利用し、マヨラナ粒子の位置交換が残す軌跡の編組みを利用して量子計算を行う。
量子編組みはトポロジー特性を持ち、環境からの影響に強く、デコヒーレンスの問題が解消される。ちなみにトポロジーとは、連続変形に関する物体の不変性を記述する特性のことだ。よく例として挙げられるのが、取っ手の付いているカップとドーナツは、引っ張ったり縮めたりする連続的な変形だけで(新しい要素を追加せずに)互いに変われるので、トポロジー的には等価である、表現する。近年トポロジカル絶縁体やトポロジカル超伝導等が発見され、電子状態のトポロジーが物理や物質科学で重要な役割を果たすことがわかってきた。
こうしてマヨラナ粒子の位置交換が残す軌跡の編組みを利用した量子編組みには強みがある一方で、前述したようにマヨラナ粒子は電気的に中性であることから、その操作は容易ではない。諸刃の剣というわけだ。
ちなみにそのマヨラナ粒子だが、1937年にイタリアの理論物理学者エットーレ・マヨラナが考案したもので、実際に素粒子としては未だに発見されていない。ただし、近年、特殊な超伝導状態の「準粒子励起」がマヨラナ粒子として振る舞うことが明らかになってきているほか、ニュートリノもその候補とされている。
フェルミ粒子(フェルミ・ディラック統計に従い、1つの状態に1個しか入れない粒子で、電子や陽子、中性子など)は、ディラック粒子とマヨナラ粒子に分かれ、マヨラナ粒子は、電気的に中性的な「つかみどころがない」のが特徴の粒子だ。安定である反面、外場による操作が困難な粒子なのである。
今回、理論計算を行った系は、「トポロジカル超伝導状態」だ。特徴的なことは、超伝導状態に奇数個の量子渦を導入する場合のみ超伝導ギャップ内にゼロエネルギー励起モードが現れることである。偶数個の電子渦の場合には、ゼロエネルギー励起モードは現れない。
そのモードは電子の半分とホールの半分の線形結合であり、粒子が反粒子に等価という条件を満たし、マヨラナ粒子として振る舞う。1つの量子渦を持つ超伝導サンプル(画像1)を「Bogoliubov-de Gennes(BdG)方程式」によって解析した結果、量子渦の芯およびサンプルのエッジにそれぞれマヨラナ粒子が存在することがわかった(画像2)。
画像1 4つのトポロジカル超伝導サンプルがくびれ部分を通じて繋がった量子デバイスの概念図。くびれ部分にゲート電圧を印加することで、サンプル間の電子の行き来を制御することができる |
画像2 量子渦の芯部分とサンプルエッジ部に現れるマヨラナ粒子の波動関数(画像中の赤い部分) |
2つのサンプルを繋げたシステムを詳細に解析すると、芯部分のマヨラナ粒子は見えるが、エッジ部のマヨラナ粒子は消える(画像3)。くびれを通じて、2つのサンプルのエッジが1つに繋がり、囲まれた部分に2つ(偶数)の量子渦が含まれ、個数が奇数という前提条件が崩れるため、エッジ部のマヨラナ粒子が存在できなくなるというわけだ。
サンプル間の繋がりはくびれ部分にゲート電圧の印加によって開閉できる。画像3が示すように、左側のくびれにゲート電圧が掛かり、エッジマヨラナ粒子が左側のサンプルに局在する状況からスタートする。ゲート電圧を下げると、3つのサンプルが繋がり、エッジマヨラナ粒子は系全体を跨るエッジに拡散。繋がったサンプルエッジが3つ(奇数)の量子渦を囲んでいるからである。
次に右側のくびれにゲート電圧を掛け、右側のサンプルを連結したほかの2つのサンプルから孤立させると、マヨラナ粒子の波動関数が完全にそこに収縮。このようにトポロジカル特性を利用して、2カ所のゲート電圧のスイッチングにより、マヨラナ粒子を左側のサンプルから右側に運搬することが可能となる。最後のマヨラナ波動関数の収縮は電子や光子では得られない特性だ。
画像1に示された4つのサンプルからなるナノデバイスを使うと、2つのエッジマヨラナ粒子(赤と緑)の位置を交換することができる。交換過程における2つのマヨラナ粒子の波動関数の時間発展を時間依存BdG方程式によって解析した結果、交換後では1つのマヨラナ粒子の波動関数がマイナス符号に代わり、残りの1つは変化しないことがわかった(画像4)。このため、2つのマヨラナ粒子の交換が非アーベル統計を満たすのである。
超伝導状態の準粒子励起としてのマヨラナ粒子を、トポロジカル特性を利用すれば局所的なゲート電圧のスイッチングで移動・交換できることが具体的に示されたのを受けて、今後マヨラナ粒子の観測と操作の実証研究が一層加速されると考えられると、研究グループは語る。
スイッチング時間は10ns程度に短くできることが物質パラメータを用いた解析で判明したので、実用化できる技術である。また、画像5に示すように、研究グループの量子デバイスは大規模なトポロジカル量子ビット操作に拡張できるので、今後の量子計算の実装に役立つともコメントした。