名古屋大学(名大)と産業技術総合研究所(産総研)は、自動車用燃料電池の低コスト化と高効率化に繋がる水酸化物イオン伝導性固体電解質を新たに開発し、これを用いた燃料電池の高温作動化に成功したと発表した。成果は、名大 環境学研究科 日比野高士教授、産総研 計測フロンティア研究部門 西田雅一主任研究員らによるもの。詳細はドイツの化学誌「Angewandte Chemie International Edition」の電子版に近く掲載される予定。
自動車用燃料電池には、ナフィオンに代表されるカチオン交換膜を用いた固体高分子形燃料電池(PEFC)が有望視されているが、PEFCの本格普及を考えた場合、白金電極触媒のコスト高が大きな課題になっている。このため、白金使用量の低減化、もしくはその代替化が近年活発に行われているが、酸性・高電位条件下における金属腐食の問題によって、その試みには限界があると見られている。これに対して、アルカリ形燃料電池では、金属腐食の問題を本質的に回避できるため、安価な金属や金属酸化物が電極触媒として使用可能である。しかも、アニオン交換膜が最近数多く開発され始めたこともあって、このタイプの燃料電池が自動車用途として大きく見直されている。
一方、米国エネルギー省(DOE)をはじめ各国の燃料電池関連機関は、燃料電池自動車のさらなる高効率化を目指し、その作動温度を現状の80℃から将来的には120℃以上に高めることを推奨している。これを受けて、PEFCでは高温作動化が進展しつつあるが、アルカリ形燃料電池ではほとんど検討されていないのが現状である。これはアニオン交換膜が加水分解されやすく、カチオン交換膜に比べて熱的安定性がないためである。
研究グループでは、今回の研究に先立ち、2006年に岩塩型結晶構造を持つピロリン酸スズSnP2O7の特異なイオン交換能と多岐にわたるイオン伝導パスを利用して、Sn4+の一部を低原子価カチオンであるIn3+などで置換すると、100℃以上でもプロトン導電率が0.18Scm-1に達することを見出していた。このプロトン導電率の発現機構は、低原子価カチオンの置換による電荷補償からプロトン(プラスの点欠陥)が固体内に取り込まれ、それらが格子酸素イオン上をホッピングしながら移動するため、高温条件でもプロトン伝導が失速しないためである。
今回の研究では、SnP2O7へSn4+よりも高原子価カチオンであるSb5+をドーピングしたところ、Sb5+量とともに導電率が増加し、最高で0.08Scm-1@120℃におよぶことが判明した。
図1 色々な量のSn5+カチオンをドープしたSnP2O7の電気導電率。導電率は、Sn5+量(x)が0.08までは増加するが、0.10以上では逆に低下した。これはSn5+カチオンのSnP2O7への固溶限界がx=0.08であり、それ以上では不純物が形成され、これらがイオン伝導を阻害するためだ |
また、赤外分光法による微構造分析の結果、水酸基に帰属される吸収帯強度がSb5+量と良い相関性があることも見出された。これはプロトン導電体の場合とは逆に、高原子価カチオンに対する電荷補償によって水酸化物イオン(マイナスの点欠陥)が固体内に挿入され、該当イオンの伝導性が発現したと考えられる。事実、この化合物を燃料電池の電解質に使用したところ、カソードでなくアノードから水蒸気の発生が確認された。
その他、空気をバランスガスに用いた水蒸気濃淡電池の起電力が高水蒸気分圧側の電極でプラスになっており、またH2OとD2Oガス雰囲気化で電気導電率を測定したところ、H/D同位体効果が観察されなかった。これらの現象は、この化合物が水酸化物イオン伝導体であることを強く示唆する結果と言える。
さらに、Sb5+ドープSnP2O7を燃料電池の電解質に使用し、加湿した水素と空気を供給したところ、電解質の厚さが1mmであるにもかかわらず、0.9V以上の開回路電圧と70mWcm-2の出力密度を実現した。加えて、最近の研究において、電解質の厚さを薄めれば2倍以上の性能が得られること、並びに100時間にわたって燃料電池が安定に作動することも確認できたという。
今回の物質設計法では、ドーパントとしてSb5+の他に同じ五価のV5+、Nb5+、Ta5+カチオン、さらに大きな六価のMo6+、W6+カチオンも適用可能であるので、今後も広汎な水酸化物イオン導電体を創出でき、導電率0.1Scm-1以上を達成する可能性が大きい。残された課題は、電極触媒に高価な白金を使用していることであり、研究グループでは、アノードとカソードの非白金化技術に取り組んでいくとコメントしている。