近年の"ものづくり"では、「生産者」と「消費者」の役割はくっきりと分かれていることがほとんど。欲しいものは買って手に入れるのが当たり前になっている。だが、今まさに研究が進められている最先端の"ものづくり"の主役は、ふだんは「消費者」である一般の人々なのだという。

今回は、次世代のものづくりを研究している神奈川県・鎌倉市の「ファブラボ鎌倉」にお邪魔し、その取り組みや"ものづくりの未来"に迫っていく。

ファブラボとは??

「ファブラボ」は鎌倉にある施設だけではなく、世界中に広がっている取り組み。 "ファブラボ"という名称は「Fabrication」(ものづくり)と「Fabulous」(楽しい・愉快な)というふたつの意味がこめられた"ファブ"と「laboratory(研究所)」からとった"ラボ"を組み合わせたものだ。「ほぼあらゆるもの("almost anything")」をつくることを目標に掲げ、3Dプリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えたワークショップとなっている。

市民がその施設を自由に利用できることが大きな特徴で、個人が自らの必要性や欲求に応じ、大量生産ベースの市場原理に則さない「もの」を自分自身で作り出せるようになる社会の構築をビジョンに掲げている。

ファブラボジャパンのWebサイト。現在、日本国内には鎌倉とつくばの2カ所にファブラボが設置され、ものづくりについての新しい取り組みが行われている

ファブラボ鎌倉の取り組み

「ファブラボ鎌倉」運営の要となっているのが、「Fab×Resarch」という学生との協業。ファブラボを日本に持ち込んだ第一人者であるSFC(慶應義塾大学湘南キャンパス)田中浩也教授の研究室の学生が、毎週金曜日にファブラボの運営補佐を行い、学生はその対価として、同施設に設置されているレーザーカッターや3Dプリンターといった研究に必要な機材や同施設の持つ多様な人脈などを活かし、学生自身が自分の研究環境を"つくる"という取り組みだ。

ファブラボ鎌倉があるのは、JR鎌倉駅から徒歩5分程度の閑静な住宅街。周囲を通る住民や観光客の目を惹く印象的な建物は、山形県からはるばるこの地まで移設されたもので、「結の蔵」と名付けられた

町医者のようにものづくりを"診る"試み

その「Fab×Resarch」による学生の補佐が活かされるのが、同じく毎週金曜に行われている「結のファブ」という取り組み。個人的なものづくりから、多品種少量生産型のデザインまで、参加した人がアイデアを形にする場として、また学生たちが自らの知識と技術を磨く場として機能しているという。

「結のファブ」でレーザーカッター出力用のデータをセッティングしている様子。イベント名の「結」は、ファブラボ鎌倉の建物の「結の蔵」という名前に由来している

完全予約のひとり2時間制。失敗も許される余裕をもった時間設定にしているため、多くの人数に対応することは難しく、同施設を訪れて予約しなければいけないという手間もかかる。しかしながら、受講料などは一切かからず、施設の利用料はすべて無料。鎌倉に根を下ろすカフェの店主から遠方の人まで、さまざまな人が訪れてはものを作っていくという。

とはいえ、「無料で工作機械が使える」というお得さが、この取り組みの"ウリ"ではない。同施設のリーダーである渡辺ゆうかさんは、町医者のように1人ひとりの"ものづくり"を診て、サポートするのが主題だと強調していた。その部分が担保されるよう、制作レポートの執筆や、作品データや制作風景の写真の提供などといった規約がもうけられ、これを守ることが大前提となっている。

取材当日、制作者が作り上げたのは、自分のイラストを元にしたゴム製のはんこ。非常に緻密な表現のイラストだが、レーザーカッターの描画力により元のデータ通りの物が完成した(※9月14日以降は、3Dプリンタなどの多様な工作機械を取り入れ、イベント開催も含めた総合的な取り組みにシフトしていくという)

鎌倉を次世代ものづくりの拠点にする「ファブタウン構想」

ファブタウン構想から生まれたワークショップのいち事例。テキスタイルショップ「ファブリックキャンプ」で布を買い、参加者が思い思いに「蔵(=ファブラボ鎌倉の建物が蔵であることから)の旗」を制作。作品は今も同施設に飾られている

ファブラボ鎌倉の個性となっているのは、やはりその立地による部分が大きい。鎌倉という街には、色々なものづくりの要素があり、その特性を活かすために立ち上がったのが「ファブタウン構想」だ。

渡辺さんが鎌倉のまちを回り、その理念を説明していったところ賛同する人は多かったが、「アイデアはないが、ものづくりをしたい」と話す人が意外にも多かったという。そこで、具体的な事例をいくつも出し、その成果物を示すことでより多くの人を巻き込み、動かしていこうとしている最中だ。

"つくれる人"をつくる場所

渡辺さんは、ファブラボ鎌倉の"醍醐味"として、「わたしたちが行った取り組みを通じて、"作れなかった人"が"作れる人"になって帰っていくのが一番嬉しいですね」と語る。 今後の展望として、「Fab×Personal」というトレーニングプログラムを準備しているとのこと。これは、「結のファブ」などで行っているものづくりのイントロ部分から一歩進んで「機材が思いのまま扱えるようになる」ための3日間のプログラムで、自動車の免許を取るための教習所のような形で機能させるのが目標だという。