北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は9月6日、「人工細胞膜」を用いて、ナノ粒子が生体に作用する仕組みを解明したと発表した。

成果は、JAISTマテリアルサイエンス研究科の濵田勉准教授、高木昌宏教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載される予定だ。

ナノ粒子は、医療・産業などさまざまな分野において技術開発・製品化が進められ、現在注目を集めている。しかし、生細胞にナノ粒子を添加すると、細胞内部にナノ粒子が取り込まれる事例が報告されており、人体や生体に対する影響(ナノリスク)が心配されているところだ。そのため、安全・安心なナノ材料を開発するために、生体とナノ粒子の相互作用の仕組みを解明することが早急の課題となっている。

研究グループでは、これまでに人工細胞膜の研究開発を進めてきた。人工細胞は「脂質膜小胞(リポソーム)」とも呼ばれ、生体膜・細胞膜の構成成分である脂質分子が自己集合して、袋状の構造が形成されたものだ。

人工細胞は細胞膜の構造的特徴を再現する形で表面が作製されており、細胞表面上での物質の振る舞いを解析することが可能である。すなわち、この技術は、細胞膜に対するナノ物質の作用を明らかにする理想的な実験システムを提供できるというわけだ。今回の研究は、ナノ粒子と細胞表面との相互作用の基礎メカニズムを理解することを目的として、実験が行われた。

まず「不飽和リン脂質ジオレオイルフォスフォコリン」、「飽和リン脂質ジパルミトイルフォスフォコリン」、そしてコレステロールを混合し、真空乾燥させ平面膜を作製。その後に水溶液を加え、温度50℃において交流電場を3時間かけることで、自己組織化により平面膜を小胞(袋状)構造にする。この形成された小胞は、細胞と同じサイズであり(画像1)、細胞膜の特徴である表面の不均一性を備えており(画像2)、人工細胞膜として利用可能だ。また、水溶液中にナノ粒子を含ませることにより、人工細胞膜表面と粒子の相互作用を解析できるのである。

観察は、蛍光顕微鏡で行われ、膜表面の不均一性を赤色蛍光分子、ナノ粒子を緑色蛍光分子で染め分けた。これにより、膜表面に吸着した粒子の位置を可視化することが可能だ。

画像1。人工細胞膜

画像2。細胞膜表面の不均一構造(膜ドメイン)の模式図と、人工細胞膜に再現した膜ドメインの顕微鏡像。赤色部分が非ドメイン、黒色部分がドメイン領域

そして研究グループは、ナノ粒子が細胞膜表面へ吸着する様子が、粒子の大きさに依存して変化することを発見した。細胞膜表面には、「膜ドメイン」と呼ばれる、周りから分離した固い領域が存在する(画像2)。この膜ドメイン領域には、特定の分子が閉じ込められ、外部からの情報を細胞内部に伝える反応場として機能している。膜ドメインへの物質集積に関する研究は、現代生物学のホットなトピックスの1つだ。

研究グループは、膜ドメインを再現した人工細胞膜を作製し、表面におけるナノ粒子の局在を観察した。実験の結果、小さなナノ粒子はドメイン領域へ局在し(画像3a)、大きなナノ粒子は非ドメイン領域へ局在することが発見されたのである(画像3b)。そして、50~500nmの間で粒子の大きさを変化させると、吸着する領域が徐々に移り変わることを統計データで示すことに成功した(画像4)。

画像3。人工細胞膜(赤)とナノ粒子(緑)の顕微鏡像。(a)100nm粒子のドメイン領域への局在。(b)500nm粒子の非ドメイン領域への局在

画像4。粒子サイズに依存した局在変化。小さい粒子はドメイン領域へ、大きい粒子は非ドメイン領域に局在する

さらに、前述した仕組みを、数式を用いて説明することにも成功。粒子が膜に吸着するエネルギーと、吸着による膜変形のエネルギーを計算することで、サイズ依存的な粒子の振る舞いを理論的に説明したのである。このように普遍的な法則を見つけることにより、さまざまな種類のナノ粒子-細胞の組み合わせにおいても、その振る舞いを予測することが可能となった。

今回の成果は、ナノサイズの物質が細胞膜表面に作用する仕組みの普遍的な法則を明らかにしたものだ。現在開発が進んでいる多種多様なナノ材料の生体リスクを評価する基準としての利用が考えられるという。また将来的には、化学物質の毒性や薬物の効果などの作用を評価するなど、さまざまな物質分子の生体作用への応用展開が期待できるとした。