東京大学(東大)は9月5日、大きな保磁力を有する高性能フェライト磁石の開発に成功したと発表した。同成果は、同大 大学院理学系研究科 化学専攻 大越慎一教授らによるもの。また、研究の一部は、DOWAエレクトロニクスとの共同研究で行われた。詳細は英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版で公開された。
酸化鉄からなるフェライト磁石は、紀元前7世紀に磁鉄鉱(Fe304)が発見されて以来、モータや磁気記録媒体、磁性流体、電磁波フィルタなどとして、広く用いられてきた。一方で、フェライト磁石は結晶磁気異方性が低いために保磁力が小さく、大きな保磁力を有するフェライト磁石の開発が重要な課題となっていた。
研究グループでは、化学的合成法を駆使することにより、大きな保磁力を有するフェライト磁石の開発に取り組んできた。今回、メソポーラスシリカと呼ばれる表面にナノオーダーの穴が無数にあいたガラスを鋳型として用いることにより、イプシロン酸化鉄(ε-Fe203)という特殊な磁性ナノ粒子の鉄イオンの一部をロジウムイオン(Rh3+)で置換した、新型フェライト磁石のロジウム置換型イプシロン酸化鉄(ε-RhxFe2-xO3)を作製することに成功した。
この新たな物質は、粒子サイズが30nm程度のナノ粒子として合成することにより、焼成時に表面エネルギーの寄与が生じ、通常のフェライト合成法では得られない相が最安定相として得られたと考えられるという。
図2 ガンマ(γ)相、イプシロン(ε)相、アルファ(α)相のギブズ自由エネルギーの粒子サイズ依存性(緑がγ相、赤がε相、青がα相)。太線が最安定相を表している。挿入図はロジウム置換型イプシロン酸化鉄ナノ粒子の透過型電子顕微鏡写真。各ナノ粒子の色が異なるのは、各ナノ粒子の結晶の方位が異なるため |
ロジウム置換型イプシロン酸化鉄は、室温で27kOe(キロエルステッド)の巨大な保磁力を示したほか、各ナノ粒子の結晶の向きを揃えた配向試料では、31kOeという保磁力を記録。この保磁力はフェライト磁石の中で最大級で、保磁力の大きな磁性材料として知られる希土類磁石の保磁力(サマリウム-コバルトは30kOe程度、ネオジム-鉄-ボロンは25kOe程度)に匹敵している。
また、同物質の電磁波吸収特性を調べた結果、ミリ波領域に周波数選択的に電磁波の吸収を示し、その共鳴周波数は209GHzに及ぶことが判明した。このような高い周波数の電磁波を吸収する磁性材料は、この物質が初めてだという。さらに、磁化させた試料(N極とS極)を作製して、伝搬するミリ波の偏光面を調べたところ、220GHzでミリ波の偏光面が大きく回転することを見出した。なお、試料をひっくり返して磁極を逆にすると、偏光面の回転の方向も逆になることも観測したという。
ロジウム置換型イプシロン酸化鉄において巨大な保磁力が実現した原因としては、粒子がナノオーダーと非常に小さく、保磁力が大きくなるために必要である単磁区構造をとることができたこと、およびロジウム置換型イプシロン酸化鉄では、大きな結晶磁気異方性が発現することなどが挙げられると研究グループでは語る。また、高い周波数の電磁波吸収を示したのは、この巨大保磁力によるものと考えられるという。一般に、磁石に電磁波を照射すると磁化の歳差運動が誘起され(ジャイロ磁気効果)、物質固有のある周波数の電磁波が吸収される現象が起きるが、この共鳴周波数は保磁力が大きいほど高くなるほか、同時に伝搬する電磁波の偏光面が回転(磁気回転)する。
同物質は、保磁力を保ったままさらに粒径を小さくすることが可能であり、次世代の高密度磁気記録材料としての可能性を秘めているという。また、磁石としては最も高い周波数のミリ波を吸収するため、ミリ波吸収材料としての応用展開も期待でき、特に磁気回転が起こる周波数は"大気の窓"の中でも最も高い周波数220GHzに当たる。ミリ波通信は高画質テレビ通話や基板内無線通信において期待されており、この物質を電磁波干渉問題を抑制する高周波ミリ波の吸収体や磁気回転素子(アイソレータやサーキュレータなど)として有望であると考えられると研究グループではコメントしている。