物質・材料研究機構(NIMS)は、有機半導体材料のバンドダイアグラムを大気中で簡便かつ高速で測定できる装置の開発に成功したと発表した。
同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 ナノエレクトロニクス材料ユニット半導体材料開発グループ 知京豊裕ユニット長、柳生進二郎主任研究員、吉武道子主席研究員、後藤真宏主幹研究員らによるもの。詳細は、9月11日~14日に愛媛県松山市で開催される「第73回応用物理学会学術講演会」において発表される。
有機ELは、発光や電子・ホール輸送などの特性を持つ有機半導体を積層し、透明電極および電極で挟み、電気を流すことで発光が生じる。陽極には、光(可視領域)が透過する導電性透過材料が用いられ、ディスプレイや次世代の照明デバイスとして期待されている。
陽極側から正孔が注入され、正孔輸送材料のHOMO(Highest Occupied Molecule Orbital:最高被占準位)を通って発光層に到達する。また、陰極側からは電子が注入され電子輸送層のLUMO(Lowest Unoccupied Molecule Orbital:最低空準位)を通って発光層に到達する。発光層において正孔と電子の励起子が結合しエネルギーを放出し、発光層の材料が励起し緩和することで発光が生じるというメカニズムであり、各材料のHOMO/LUMOの位置が、デバイス動作を考える上で重要となっている。
これまで、HOMO/LUMOの位置は、分光光度計による光学的吸収端より見積もられた禁止帯幅(バンドギャップ)と、光電子収量測定装置または紫外光電子分光装置によるHOMOの位置に相当するIP(Ionization Potential:イオン化ポテンシャル)を複数の装置を用いて測定されていた。特に、IPの計測は、装置によっては真空にしなければならないという問題があった。また、装置の違いからくる試料の設置、測定環境や測定時間なども問題になっていた。さらなる高性能を実現するための材料開発を加速するには、装置そのものの評価も加速することが望まれていたことから今回、1つの装置だけで大気中でバンドギャップとイオン化ポテンシャルを同時測定し、HOMO/LUMOの位置を求める装置の開発が行われた。
今回開発された装置は、近赤外から紫外光の光を単色化し出力する光源部、試料に光を照射する照射部、反射した光を測定する光学部、放出された光電子を測定する測定部から構成されている。光電子は大気中では、大気中の分子(酸素や窒素など)と衝突してしまい、エネルギーを失って遠くまで飛ばすことができない(平均自由行程が短い)。そこで、電子を集める電極を試料近傍に設置することで、この課題を解決したという。また、光照射と試料で反射する光を取り込める光学系を作成することにより、大気中で光・電子の同時測定を実現したという。
今回、開発された装置によって、有機EL素子開発における発光効率や省エネルギーに直結する特性であるバンドダイグラムを1回の測定で求めることができるようになり、材料評価がより迅速にかつ正確に行えるようになった。測定のモジュール化により、材料開発から材料評価がスムーズになり、材料開発を加速することができる。
図3 正孔輸送材料Me-TPD(N,N,N’,N’-Tetrakis(4-methylphenyl)benzidine)の測定結果および解析結果。バンドギャップを決めるために反射測定を行い、試料形状などを考慮して適切な光学計算によりバンドギャップが決定された |
同装置は、製造現場でのインラインモニタとして利用することも期待できるという。現在、有機ELの成膜装置では、成膜後に計測しているが、大気に一度出すことや、その評価のフィードバックをかけるまでに時間がかかるなどの課題があるが、同装置を製造装置に組み込むことで、製造の途中でも、膜質や膜厚などをその場で連続的にモニタすることが可能となり、製造パラメータの制御などが可能になるという。
また、有機EL装置だけなく、MOCVDなどこれまでその場観察手段が限られていたガス系製造装置のその場評価装置としても利用できるため、シリコンフォトニクス材料の研究開発や化合物半導体分野におけるバンドギャップをより高度にコントロールした、光-電子デバイスの開発などに分野での応用も期待できるとコメントしている。