名古屋大学(名大)は、120個の炭素原子と78個の水素原子からなる「かご状」炭素ナノ分子「カーボンナノゲージ」(画像1)の合成に成功したと発表した。
成果は、名大の伊丹健一郎教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、8月27日付けで英国化学会誌「Chemical Science」オンライン版に掲載された。
伊丹教授らは、ベンゼンをリング状につないだ分子である「カーボンナノリング」の合成を2009年に報告していた。カーボンナノリングは炭素原子と水素原子のみからなる分子であり、本来平面であるベンゼンがリング状にひずんでいることから合成は困難であった。そこを独自の手法により合成段階におけるひずみの解消に成功したことで、これまでにさまざまな大きさや形状のカーボンナノリングの合成を可能にしている。
カーボンナノリングは直線型カーボンナノチューブ(CNT)の最短部分骨格であり、太さや側面構造を制御した純正CNTの完全化学合成に向けた理想的なビルディングブロックだ(画像2)。
今回、伊丹教授らのグループ(松井克磨(修士2年)、瀬川泰知(助教))は、ベンゼン20個からなるかご状分子「カーボンナノケージ」の合成に成功した。
カーボンナノケージは、カーボンナノリングと同様に本来平面であるベンゼンが弧を描くように曲がっており、ひずみが生じている。カーボンナノリングの合成手法を応用することでこのひずみを解消し、カーボンナノケージの合成を達成した。
具体的には、画像3に示すように、L字型のユニットと三叉のユニットを鈴木・宮浦カップリング(2010年ノーベル賞)などの「遷移金属触媒反応」によって組み合わせ、ひずみのない箱状の前駆体化合物をまず合成。そして最後に、L字のカドに使用している「シクロヘキサン部位」を「芳香族化反応」によって「ベンゼン環」に変換することで、一様に湾曲したアーチを3本持つカーボンナノケージを合成したのである(画像3)。
今回合成したカーボンナノケージは、120個の炭素原子と78個の水素原子からなるかご状化合物だ。白色固体でほとんどの有機溶媒によく溶け、また300℃以上でも分解しないという取り扱い易い性質を持つ。ケージの中心部に直径1.8nmの球状のナノ空間を有していることから、ゲスト分子の取り込みが可能となる。
また、カーボンナノケージの光物性は産業技術総合研究所ユビキタスエネルギー研究部門の鎌田賢司主任研究員との共同研究によって詳細に明らかにされており、1光子吸収、2光子吸収共に効率的に起きることや溶液中において強い青色の蛍光を発すること(蛍光量子収率:87%)が確認済みだ。
このような特徴的な光物性及び構造的特徴のため、カーボンナノケージは有機EL材料、有機トランジスタ材料、光記録材料、高密度光ストレージ、生体分子の蛍光イメージング、またゲスト分子の光センサといった広範囲に渡る分野への応用展開の可能性を持つという。
さらに、カーボンナノケージは「分岐型CNT」の接合ユニットに相当する。分岐型CNTは最小のトランジスタや論理ゲートとしてエレクトロニクス分野への応用が期待されている材料であり、カーボンナノケージはその精密ボトムアップ合成を可能にする理想的な部品であると考えられるという。
分岐型CNTに対する産業界における期待は大きく、今回の新しい炭素ナノ分子であるカーボンナノゲージの登場は各方面に大きな波及効果をもたらすだろうと、伊丹教授らはコメントしている。