東北大学(東北大)は8月17日、トップダウン加工でGaAsの高密度・無欠陥の量子ドットを作製し、その量子ドットからの直接発光を確認したと発表した。

同成果は、同大 流体科学研究所(兼 原子分子材料科学高等研究機構)の寒川誠二 教授らによるもの。詳細は、8月20日~23日まで英国・バーミンガムで開催される「IEEE International Conference on nanotechnology 2012」で発表される。

化合物半導体を用いた量子ドットレーザは、効率の良い低消費電力レーザ素子として、また高速光スイッチとして、飛躍的に高まる通信需要に応えられる重要な技術であり、広く研究されている。これを実現するにはナノオーダーでサイズや密度、位置などの制御された構造を作製することが求められるが、従来のトップダウンのリソグラフィ技術とエッチング技術に依存した微細加工技術では大きな困難が予想されていた。現状のリソグラフィ技術では光源やレンズ系の設計において、22nmよりも微細なパターン形成することは技術的・経済的に大きな壁があるほか、プラズマエッチングでは、ナノスケールの構造形成においてプラズマからの紫外線照射による表面欠陥生成(プラズマダメージ)が問題となっているためだ。特に、化合物半導体はシリコンに比べて不安定な材料でありプラズマに対して脆弱であるため、プラズマエッチングによる欠陥のないナノ構造作製は不可能であるといわれている。

一方、ボトムアップによる量子ドットを形成する手法としては、格子歪みを利用したStranski-Krastanow(S-K)成長モードによる自己形成量子ドット作製法が一般的だが、この手法では、

  • 寸法のバラつきを十分に抑えることができない。
  • ドットの密度に限界がある(109~1010cm-2)。
  • サイズに制限がある(数10nm程度)。
  • 材料を自由に選択することができない。
  • 歪みに伴う格子欠陥が不可避。

などといった問題がある。このため、十分な性能の量子ドットレーザの実現には、良好な量子効果を持つ欠陥の無い高密度ナノ構造を再現性よく作製可能なトップダウン加工技術の確立が急務となっていた。

図1 同研究におけるバイオテンプレート極限加工による量子ドット作製技術の利点と、従来用いられている自己組織的結晶成長技術(S-K法)による量子ドット作製技術の欠点

現在、これを解決する最有力の手法として、ボトムアップ技術とトップダウン加工技術の融合(プロセスインテグレーション)が注目されており、多くの提案が出てきている。ボトムアップ技術の中でも、バイオテクノロジーは急速に進歩しており、奈良先端技術大学院大学 山下一郎教授らは遺伝子操作により改質されたフェリチン変異体などを用いてナノサイズの金属を内包したたんぱく質を作製し、それらの自己組織化によるナノ構造作製を実現している。一方、トップダウン加工技術では、プラズマから放射される電荷や紫外線を抑制し、超低損傷で高精度のエッチングを可能とする中性粒子ビーム技術を寒川教授らが開発し、その効果を先端LSIで実証している。

図2 中性粒子ビームエッチング装置。プラズマ生成室とプロセスで構成され、その間に高アスペクトグラファイトグリットが設置されている。そのグリットによりプラズマからの紫外線および電荷を遮り、運動エネルギーを持った中性粒子ビームのみを基板に照射できる

今回、寒川教授は山下教授によるたんぱく質+金属複合体(バイオコンジュゲート)の自己組織化による均一・高面内密度・高均一加工マスク(バイオテンプレート)を用いてGaAsの中性粒子ビーム無欠陥エッチング技術により作製された高密度・配置制御・GaAs量子ドット構造(図1)に、東京大学 岡田至崇教授の結晶界面構造制御技術によりAlGaAsを界面制御してエピタキシャル成長させることで、トップダウンで加工した量子ドットの極表面に存在するダングリングボンド(未結合手)を補修して活性層を形成し発光を観察した。

今回のGaAs量子ドットの作製プロセスは、まず金属微粒子を内包したたんぱく質が、特殊な処理をした表面に自発的に規則正しく配列した構造を作る性質を用いて、金属微粒子を内包したたんぱく質を約20nm程度の間隔でGaAsの基板上に高密度(1011cm-2以上)に等間隔に配置した。

図3 フェリチンによるバイオテンプレート作製と直径7nmの鉄コアをマスクに中性粒子ビームによりGaAs井戸構造に円板構造を転写するプロセス

図4 GaAs表面に配置された鉄コア。フェリチン表面に修飾された高分子ポリマーにより間隔を20~30nmに制御できている。このときの面密度は1.3×1011cm-2

その後、たんぱく質だけを除去して7nm径の均一な金属微粒子を加工マスクとして中性粒子ビームによる無損傷エッチングを行うことにより、室温にて量子効果を示す厚さ数nm、直径を10~20nmに制御した円板構造を、無欠陥、高密度、等間隔(約20nm)で制御して配置した。この加工した円板構造表面に残留するダングリングボンド(未結合手)を、結晶界面構造制御技術を用いたAlGaAsエピタキシャル成長により原子レベルで補修して埋め込むことでGaAs量子ドット構造による活性層を形成した。この活性層構造において、北海道大学 村山明宏教授グループのレーザ分光技術により、形成した量子ドットからの強い発光を初めて確認した。

図5 鉄コアをマスクに塩素中性粒子ビームによりGaAs/AlGaAs量子井戸構造をエッチングした直後の形状とAlGaAsを埋め込んだ後の形状

図6 GaAs量子ナノ円板構造からの発光スペクトル加工前の量子井戸からの発光と波長が異なる

今回の量子ドット作製手法を用いることで、フレキシブルな材料による量子ドット構造を無欠陥で高密度に配置できることから、従来の量子ドットレーザに比べて10倍以上高強度で広範囲な波長によるレーザ発振が期待できる画期的な研究成果といえる。

研究グループではこれらの結果を基に、今回作製した活性層上にクラッド層および電極層を積層して実際に量子ドットレーザを試作し、従来に比べて発光効率が高く単色化されたレーザ発振を実現する予定という。この構造を用いることで理論的には、従来に比べて10倍以上のレーザ光強度と単色化が実現でき、また、材料を選択することで広範囲な発振波長が実現できる高速通信用レーザとして期待できるとコメントしている。