京都大学は8月17日、全国5カ所の動物園や研究施設の協力を得て、チンパンジーの苦味感覚は生息地域に特異的な遺伝子が関係していることを明らかにしたと発表した。
成果は、京大 霊長類研究所の早川卓志大学院生、同・今井啓雄准教授、同・平井啓久教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米オンライン科学誌「PLoS ONE(Public Library of Science One)」に掲載された。
熱帯アフリカに生息するチンパンジーは、西アフリカから東アフリカまで広い範囲のさまざまな環境に適応して分布しており、その地域差の例を挙げれば、まず食べ物の違いがある。
東アフリカのチンパンジーの食べ物の1つとして知られているのが、「ベルノニア」(画像1)というとても苦いキク科の植物だ。その苦味成分には寄生虫を殺す作用があることから、体調を崩したチンパンジーが薬として口にしているのではないかと考えられている植物である。このような行動の地域差の背景に、研究グループは遺伝子の地域差が関係しているのではないかと考え、今回の研究が進められた。
研究グループは、日本全国の動物園や研究施設(伊豆シャボテン公園、高知県立のいち動物公園、多摩動物公園、東山動植物園、福岡市動物園、宮崎市フェニックス自然動物園)に協力を得て、4種類のアフリカ地域に由来するチンパンジーについて、苦味感覚をもたらす原因遺伝子である苦味受容体遺伝子「TAS2R」の塩基配列の個体差を網羅的に調査を実施。その結果、驚くべきことに、TAS2Rのおよそ3分の2の遺伝子型が、地域に特異なものであることが明らかになった。
また、そのような個体差が地域に出現する過程も解析。すると、地域によって異なる自然選択が生じていることが明らかになった。この結果は、異なる食物環境適応による地域差が、チンパンジーの苦味感覚に生じていることを示している。
例えば、冒頭で述べたベルノニアの苦味を感知している可能性の高いTAS2R46という苦味受容体遺伝子の1つは、東アフリカのチンパンジーのおよそ1割の個体で機能していないことが期待された。このことは、ベルノニアの苦味を許容できる個体が東アフリカ集団に存在し、ベルノニア食を推進していることを示しているのかも知れないという。
一方、西アフリカ集団では、アブラナ科の野菜やミカン科の果物に含まれている苦味を認識する苦味受容体遺伝子「TAS2R38」が、半数以上の個体で機能していないことが期待された(画像2)。
実際の野生チンパンジーの食べ物とどのように関係しているか具体的にはまだ未確認ということだが、チンパンジーが異なる苦味感覚によって、アフリカの異なる食物環境に適応している可能性を示しているという。
画像2。苦味感覚の地域差の一例として、TAS2R38の遺伝子配列を地域間で比較した模式図。西アフリカの半数以上の個体においてのみ、TAS2R38が機能していないことが期待され、この地域差には自然選択の影響が有意に存在していることが示された |
研究グループは今後、今回明らかにされたチンパンジーの苦味感覚の地域差が、実際に熱帯アフリカのチンパンジーの採食行動や食文化にどのような影響をもたらしているかを解明していく予定だ。
チンパンジーはヒトに最も近い親戚で、遺伝子配列の99%が同じだが、食生活は生息地の環境に強く依存している。このような異なる食物環境への味覚適応をチンパンジーで明らかにすることは、全世界で多様な食文化を持つヒトの遺伝的背景を探る重要なカギとなると考えているとした。