理化学研究所(理研)と日本原子力研究開発機構(JAEA)は8月8日、磁性体「Yb2Ti2O7」を絶対温度0.3度まで冷却すると電子スピンのN極とS極が分化する証拠の一端を見出し、さらに低温の絶対温度0.21度まで冷却すると、N極とS極が一種の超伝導を示唆する「強磁性状態」に相転移する様子を観測したと共同で発表した。

成果は、理研 古崎物性理論研究室の小野田繁樹専任研究員、JAEA 量子ビーム応用研究部門のリージェン・チャン研究員(現・台湾成功大学物理学科講師)、独ユーリッヒ総合研究機構中性子科学センターのイシ・スー研究員、名古屋大学理学部物理学科の安井幸夫助教(現・明治大学理工学部准教授)らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間8月8日付けで英国オンライン科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。

電子は、スピン運動を行っており小さな磁石としての性質を持つ。通常の磁性体が極低温になると、これら多数のスピンは一定方向にそろって磁気秩序を示し、この場合、スピンの「単極子」であるN極とS極は、電荷の単極子(+と-)と違って不可分である。

また、電流を流さない多くの磁性体では、結晶中のイオンの周りの電子が、回転(スピン)することで小さな磁石を形成する。それら多数のスピンは通常、低温で互いに同じ向きにそろった「強磁性」、または、反対方向に向いて打ち消し合う「反強磁性」など、一定方向にそろって磁気秩序(対称性の自発的な破れ)を示す。

しかし、「Dy2Ti2O7」や「Ho2Ti2O7」のような「スピンアイス」と呼ばれる磁性体では、極低温でも磁気秩序が生じないため、電子スピンのN極とS極が分化して振る舞い、やがて消滅する。

一方、2010年~2012年、今回の研究グループの1人である小野田専任研究員らは、「量子スピンアイス」と呼ばれる磁性体の存在を理論的に予測し、そこでは単極子が「ボーズ-アインシュタイン凝縮」を起こし、各スピンの向きがinやoutの向きから傾いた磁気秩序を示す場合があることを導いていた。この時、単極子は仮想的な電磁場(ゲージ場)と結合するため、「ヒッグス機構」により有限の励起エネルギー(質量)を持ち、電荷をスピン単極子に見立てた超伝導状態と同様な磁気秩序を作り出すことが理論的に予測された次第だ。

スピンアイス物質では、特定の幾何学的フラストレーションが存在すると、磁気秩序の形成が抑制されることがある。スピンアイスでは2つの正四面体が1つの頂点を共有してつながった「パイロクロア格子構造」をとり、各格子点に電子スピンが局在している(画像1・2)。

画像1(左)は、パイロクロア格子構造と呼ばれるスピンアイスの結晶構造と電子スピン(赤丸)。画像2(右)はパイロクロア格子構造の拡大図

各スピンの取りうる向きは、周囲のイオンや電子との相互作用のために、パイロクロア格子構造の構成単位である正四面体の中心向き(in)か、外向き(out)かのいずれかに強く束縛されている。隣り合う2つのスピンは、相互作用(スピンを平行にさせようとする力)のために極低温でinとoutの対(画像3の黒線)を作ろうとするが、正四面体上のすべての隣り合うスピン対でこれを満たすことは不可能で、フラストレーションが生じてしまい、妥協策として、各正四面体上の4スピンの内、2つが内向き、残り2つが外向きの、アイス則と呼ばれる最も安定した「2-in,2-out」構造を採ろうとする(画像3・上段)。

しかし、アイス則を結晶全体で満たすスピン構造には膨大な場合の数があるため、極低温でも磁気秩序を形成することが困難となり、このアイス則状態から1つの電子スピンの向きを反転すると、不安定な「3-in,1-out」構造と「1-in,3-out」構造の正四面体の対が生じ、それぞれ中心にN極とS極が発生する(画像3・中段)。このN極とS極は、電子スピンから分化した磁化の単極子として認識されてきたが、スピンアイスでは不安定にしか存在できず、結局消滅してしまう。

画像3。パイロクロア格子構造の基本単位である正四面体の頂点に位置する電子スピンの向き

今回、研究グループは、量子スピンアイスとしての性質を示す磁性体Yb2Ti2O7を冷却し、単極子が分化しただけの不安定な状態から、凝縮して安定に分布する状態へ転移する様子の観測に挑んだ。

研究グループは、Yb2Ti2O7の良質な単結晶に、一定方向にスピンの向きをそろえた中性子ビームを入射させ、その散乱の様子から結晶内の電子スピンの状態の解析を行った。

まず、絶対温度0.3度で、中性子が散乱された強度を指標として、電子スピン間の相関を測定した(画像4・左)。この結果は、量子スピンアイスモデルに基づいた理論計算(画像4・中)と極めてよく一致したという。

特に、通常の磁性体が転移温度近傍で示す同心円状の構造(画像4・右)とは大きく異なり、散乱強度が一定方向に強く依存した尾根のような構造を示したのである。これらの結果は、Yb2Ti2O7の転移温度のやや高温側では、N極とS極が分化したように振る舞っていることを示唆している。

なお、量子スピンアイスの実験結果(画像4・左)と理論計算(画像4・中)では、どちらも散乱強度が強い部分(赤)は尾根のように伸びている。一方、通常の磁性体(画像4・右)では尾根の形状が見られない。

画像4。絶対温度0.3度における中性子散乱強度マップ。(左)Yb2Ti2O7における実験結果。(中)量子スピンアイスモデルに基づいた理論計算結果。(左)通常の磁性体が示す磁気相転移温度より少し高温での散乱強度マップ

また、絶対温度0.21度以下では、磁気秩序の形成を示す散乱を観測し、さらに、入射した中性子のスピンがランダムになったことから、Yb2Ti2O7が強磁性体になったことが確認された。

転移温度より十分に低温の絶対温度0.03度になると、秩序を持った各電子スピンの向きは、スピンアイスで許される電子スピンの向き(inとout)から大きく傾いていたのである。この絶対温度0.03度でのスピンの秩序に関する実験結果は、量子スピンアイスモデルにおける絶対零度での理論計算結果と一致することが判明した。

以上の結果は、電荷を帯びた粒子に働く力(クーロン力)と同様な力が単極子に作用する「磁気クーロン液体」から、量子力学に従って単極子がボーズ-アインシュタイン凝縮した強磁性相(ヒッグス相)に相転移したことを意味する(画像5)。

画像5。量子スピンアイスにおける概念相図

スピンアイス(Ho/Dy)2Ti2O7(赤色矢印)では量子性を無視できることから、古典クーロン液体として振る舞うと考えられた。量子スピンアイスYb2Ti2O7(青色矢印)では、弱い量子性のためクーロン液体から強磁性相(ヒッグス相)に相転移する。

磁気クーロン液体領域では、電子磁気スピンのN極(赤球)とS極(青球)は分化した不安定な粒子として振る舞う。そして強磁性相(ヒッグス相)では、N極とS局は安定した粒子として存在して、スピンをinやoutの向きから傾けるというわけだ(先端が赤の青矢印)。

金属の電気抵抗がゼロになる超伝導現象は応用にも用いられ、転移温度を室温付近まで上昇させることが期待されている。今回見出された量子スピンアイスにおける強磁性は、磁化の制御をデバイスに利用するスピントロニクスにおいて、磁荷やスピン流を損失なく流すことが可能な物質状態として期待されるという。

なお、研究グループは、より室温に近い温度でヒッグス転移を示す量子スピンアイス物質の開発に成功すれば、革新的な産業技術の展開に貢献するはずとの期待を示している。