物質・材料研究機構(NIMS)は、優れた接着性を持つ「昆虫の足」の研究において、大気中で生息するハムシが、「泡を利用して水中歩行できる」ことを発見し、その機構を解明して「水中接着機構」を開発したことを発表した。
成果は、NIMSハイブリッド材料ユニットの細田奈麻絵グループリーダー、独マックスプランク研究所のスタニスラヴ・ゴルブ氏(現キール大学教授)らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間8月8日付け英国科学誌「Proceedings of the Royal Society B」に掲載された。
環境問題の解決に向けてリサイクルを促進するには、分別のために製品の接着部分を容易に分離する技術が重要な課題となっている。そのため「接着と分離が繰り返せる未来の接合技術」の開発が世界的にも取り組まれている。NIMSでも、循環型社会に必要な環境調和型技術として、「接着と分離を繰り返せる未来の接合技術」についての開発研究が進められているところだ。
この新しい接着技術のヒントとして注目されてきたのが自然界の昆虫である。昆虫の足は、ガラスのような平坦な表面を逆さまの状態でも歩行することができる優れた接着性を持ち、しかも歩行は足を表面に「つける→離す」の連続動作なので、接着と分離の優れた繰り返しモデルとして着目されている状況だ。
これまで、「ハムシ」や「テントウムシ」といった大気中に生息する昆虫の研究により、足裏の特殊な毛の役割が解明され、ナノテクノロジーにより人工的な毛状構造を再現した接着性のある素材も製作されている。
しかし、水中環境に関しては研究が少なく、昆虫は足裏の毛に分泌液をつけて表面に貼り着くので、「水中では歩けない」と考えられていた。このため、水中においても「接着と分離」が繰り返せる新しい接着機構の開発が、環境影響化学物質を使用しない「クリーンな接着方法」として求められていたのである。
今回の研究では、大気中で生息する昆虫(ハムシ)が、従来の予想に反し「水中」でも歩行できることを発見。さらに、水中で「泡」の性質を巧みに利用する歩行メカニズムも解明した(画像1・2)。
画像1。(a)ハムシが水中を歩けることが発見された(論文)、(b)テントウムシでも水中歩行が観察された(応用) |
画像2。(a)水中固定しているハムシの足裏写真(裏側から撮影)。黒色はハムシの足(接着性剛毛)、白色は泡。(b)泡を利用して足裏を水中固定する機構の模式図 |
水中でのハムシの歩行能力を調査する目的で、表面ぬれ性の異なる試験板の上を歩行させ、センサをどの程度の力で牽引することができるかが調査された。画像3が、その実験の模式図だ。牽引力の実験は空気中と水中で行われた。
その結果が画像4だ。ぬれ角が100度程度の「疎水性」表面では、歩行能力は空気中と変らず、逆にぬれ角が40度程度の「親水性」表面では歩行が困難だった。
画像3。水中におけるハムシの牽引力の測定方法(模式図)。牽引力には足の接着が必要となる |
画像4。異なる表面での牽引力の測定結果。グレーは水中、白は空気中。疎水性の表面では牽引力は変化せず、親水性の表面では牽引力が小さくなる |
次に、昆虫の水中歩行における毛状構造と泡の役割を調べるため、毛状の水中接着機構を考案し、泡の接着力及び牽引力の測定が行われた。その実験の模式図が画像5だ。画像6は、疎水性表面と親水性表面で比較した泡接着力の実験結果で、疎水性表面で吸着力が大きく異なるのが判明。
なお、毛状の水中機構の先端が球形の円柱の形状をしていることから、比較のために毛状構造のない平坦な形のサンプルを用いて泡の接着力の測定も実施した。毛状構造のないサンプルでは、泡は一定の位置に固定されず、接着力も検出されないことが明らかになっている。
逆に、毛状構造のある場合の泡は安定にサンプルに固定され、ぬれ角が100度程度の「疎水性」表面上では高い接着力があり、「親水性」表面上では接着力は低下し、昆虫の実験と同様の傾向が見られた。
これらの実験結果より、泡の役割は、泡自身の被着表面への接着力のほか、ハムシの足の裏の水を弾いて毛状構造を直接表面に接着させることであることがわかった。また、足の裏の毛状構造は泡の安定な固定に役立っていることも確認されている。
研究グループによれば、今回の成果により、毛状接着機構は、繰り返し実験を行っても泡が安定に固定されており、水中を移動する構造体への応用に期待できるという。
また、環境調和型技術に求められる環境影響化学物質の不使用や「接着と分離を繰り返せる未来の接合技術」の開発研究が推進されるともコメント。特に、クリーンな水中接着技術の開発研究に活用でき、将来は水中監視・作業ロボットへの応用も考えられるとした(画像7)。
また、先端科学技術であるナノテクノロジー分野と、自然界の生物に学ぶバイオミメティクス(生物模倣)分野を融合させた研究手法により、自然にやさしいクリーンな技術開発が推進されることにも期待されるとしている。