北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は、カラー3D印刷技術を用いることで、シリコーン樹脂製で実際に手にとってその立体構造や表面形状などを確かめられ、さらに変形させて複数を組み合わせるといった、研究・教育用途の「柔らかい」タンパク質分子模型作製技術(画像1)を新たに開発したと発表した。
成果は、JAISTマテリアルサイエンス研究科の川上勝准教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国物理学協会(AIP)発行の「Review of Scientific Instruments」に近日中に掲載される予定だ。また、この模型の斬新なコンセプトを評価して、論文の出版元であるAIPからもプレスリリースが予定されている。
ヒトの体はもちろんのこと、あらゆる生命現象を理解するためには、細胞内で働いている分子、主にタンパク質の機能を知ることが必要だ。そしてその機能の理解、推定、また新薬を開発するためには、複雑なタンパク質分子の立体構造を「正確に、深く」把握することが大切である。ただし、その複雑な構造を「立体的に、直感的に」把握することは困難だ。
タンパク質は、アミノ酸がペプチド結合によって数珠状につながった1本のヒモ状分子で、これが巧妙に折りたたまれて、特有の立体構造を採っている。タンパク質の立体構造を理解するには、このヒモ=「主鎖」の折りたたまれ方を正確に深く把握することが重要だ。
またタンパク質分子が機能するということは、ある特定の分子を認識し、相互作用するということであり、機能を理解するためには、作用「面」である分子表面の凹凸の形状や、その物性情報が重要だが、複雑で入り組んだこれらの情報を直感的に把握することは困難である。
現在、タンパク質の立体構造を眺めるには、主にコンピュータグラフィックを用いてタンパク質の構造を表現する方法が一般的だが(画像2)、その操作には熟練を要し、また立体的なイメージを他者と共有し、議論することには向いていない。
一方で、手に取って触ることができる分子模型は、使用者の構造に対する理解度を深め、他者との議論に大きく役立つことは明らかであり、古くから有機化学の教材などで用いられてきた。
しかし、タンパク質はアミノ酸が数珠状につながった鎖(主鎖)がコンパクトに折りたたまれた大変に入り組んだ構造を持ち、また膨大な数の原子から構成される。そのため、その模型を従来のボールやスティックのモデルを用いて作製することは、模型が大きくなりすぎることや、コスト、実用性の低さの面からほとんど行われて来なかった。
しかし、近年になって新たに発展してきた「カラー3D印刷」技術を用いることで、フルカラーで精巧なタンパク質の模型を「一括」で作成することが可能となり(画像3)、再び模型の価値が見直されるようになって来たのである。ただし、これまでの3D印刷技術で作成できる模型は石膏製で「硬く」、「脆い」ものであり、研究の場で議論の際に広く使用されるまでには至っていないのが現状であった。
そこで川上准教授らは、従来のフルカラー3D印刷技術に、「消失(破壊)型鋳型」というアイデアを加えた。タンパク質の「折り畳み(主鎖構造)の3Dデータ」に、分子表面の形を元にした卵の殻のような「鋳型3Dデータ」を融合させ、これをフルカラーで立体印刷。
その後に、柔らかく透明なシリコーン樹脂を鋳型内部に充填し、固化後に鋳型を破壊することで、(1)分子の凸凹構造を正しく表現した柔らかい表面を持ち、(2)主鎖の折り畳み構造が内部に正しい位置で再現された、タンパク質分子模型作製技術を考案したのである(画像4)。
同技術を用いて作製されるタンパク質分子模型は、その内部に主鎖構造が精巧に表現され(画像5a)、かつ複雑で入り組んだ分子表面構造で正しくかたどられているため、使用者は、タンパク質主鎖の折れ畳まれた構造を透視し(画像5b)、かつ模型表面を「眺め、触る」ことで、主鎖構造、分子表面構造を「同時に、直感的に」理解することができるというわけだ。
さらには、模型が柔らかく丈夫なシリコーン樹脂でできているため、タンパク質が分子を認識し、結合するといった、分子が揺らいでいなければ実現できないような反応を、模型を歪ませたり、変形させて表面の「くぼみ」に薬剤分子模型をはめ込んだりといった、これまでPCで仮想的に行ってきたシミュレーションを、模擬的に実際に研究者の手で行えるようになったのである(画像5c)。
またタンパク質同士が組み合わさり、巨大な複合体を形成することで高度な分子機械として働く仕組みを、分子の会合面に相当する模型の部位に磁石を埋め込んで置くことで、使用者が模型を組み合わることで再現することが可能となり、高度なタンパク質の機能発現機構の理解を可能とした(画像6・7)。
川上准教授らは、今回のツールが直接手で行えることにより、タンパク質分子の構造、機能の理解を大いに深めることができ、教育や研究の現場での教材、ディスカッションツールとして活用されることが期待されると述べている。