産業技術総合研究所(産総研)は、金属酸化物中の電子相関(電子同士の避け合い)の効果を可視化することに成功したと発表した。

同成果は、広島大学 放射光科学研究センター(HiSOR)の岩澤英明 助教、島田賢也 教授、産総研 電子光技術研究部門 酸化物デバイスグループ 相浦義弘 主任研究員らの共同研究グループによるもの。

パソコン・携帯端末などに搭載される半導体デバイスは、微細化・集積化により、性能を向上させてきた。しかし、微細化・集積化がいずれ理論限界を迎えることから、新しい動作原理で動く電子デバイスが将来的に必要不可欠とされている。誘電体や圧電体、磁性体、半導体から超伝導まで広範で多彩な物性を示す金属酸化物は、従来の半導体デバイスに替わる新たな電子デバイス材料として、注目を集めている。

通常の半導体(シリコンなど)や金属(アルミニウム・銅など)では、物質中の電子は電子相関(その他の電子による反発力)をほぼ無視できるため、あたかも自由に運動しているように振る舞う(図1左)。このような「自由電子」と呼ばれる電子の振る舞いは、20世紀半ばに完成したバンド理論により、説明されてきたが、金属酸化物では電子相関が強く、電子は互いに避け合いながら運動するため(図1右)、通常のバンド理論では予測することができない多彩な物理現象(銅酸化物が示す高温超伝導や、マンガン酸化物が示す超巨大磁気抵抗)が生じることが知られており、電子デバイスの新機能創成に向けて、先端的な研究が進められている。

電子相関の理解は、現代物理学の大きなテーマの1つであるとともに、持続可能な社会の実現に向けた新しい金属酸化物デバイス材料を開発するために必要であると広く認知されているという。

図1 従来より広く考えられている固体中の電子の振る舞い(赤丸:電子、青丸:原子)。通常の金属・半導体の場合(左)、電子は自由電子的に振る舞い、電子は空間的にも拡がった状態を取る。金属酸化物(右)では、クーロン反発(電子相関)のために、電子は避け合いながら運動する。このため、電子の運動・拡がりは制限されて、原子サイト付近に存在確率の高い状態を取る

金属酸化物は、一般的に電気伝導を担う電子の種類が複数ある(マルチバンド)ことから、1つひとつの電子の振る舞い、またそれらの物性に対する役割を明らかにすることが、金属酸化物材料の新機能発見に向けて重要な手掛かりとなる。そこで研究グループでは、角度分解光電子分光という手法を用いて、マルチバンド金属酸化物の代表例の1つである層状ルテニウム酸化物Sr2RuO4(図2左)について、電子の振る舞い(エネルギー・運動方向の分布)を調べた。ルテニウム酸化物は、特異な超伝導を示すのに加え、高い電気伝導率と高温安定性を併せ持つことから電子デバイス用の電極材料として注目を集めており、ルテニウム酸化物中の微視的な電子の振る舞いを解明することが望まれていたが、Sr2RuO4では、電気伝導を担う電子の種類が3種類あるため(図2右)、従来の測定方法では、電子の振る舞いを精密に調べることが困難だった。

図2 層状ルテニウム酸化物Sr2RuO4の結晶構造(左)と、電気伝導に寄与する3つの空間分布の異なる電子の振る舞い(右)

そこで、HiSORが有する高輝度シンクロトロン放射光の入射光のエネルギー・偏光方向を最適化することにより、種類の異なる電子の振る舞いを選択的に観測することを可能にした(図3中・右)。その結果、実験で観測された電子の振る舞いには、バンド理論と比較して、2通りの変化のパターンがあることが分かった(図4)。1つ目の変化のパターン(図4左)は、従来、電子相関による影響であると考えられていたもの。一方、2つ目の変化のパターン(図4右)は、従来の電子相関の効果からは予想できないものであり、その起源が何であるかは未解決のままとなっていた。

今回、研究グループは、電子相関を定量的に評価するための理論モデルを初めて構築し、これら2つの異なる変化のパターンを1つの理論モデルで説明できることを初めて見出した(図4)。この新たな理論モデルは、金属酸化物をはじめ、多くの物質に広く適用可能であり、様々な物質で電子相関の効果を定量的に評価することが可能となる。

図3 バンド理論により予測されるルテニウム酸化物超伝導体Sr2RuO4中の電子の振る舞い(左)と、それぞれ水平偏光・垂直偏光配置で励起光エネルギーを最適化すること得られたdzxバンド(中)とdxyバンド(右)における電子の振る舞いをイメージ化した角度分解光電子分光の結果。

図4 dzxバンド(左)とdxyバンド(右)における実験値から理論値を差分することで求めた、理論値からの変化量電子相関をあらわす新理論モデルを構築することで、2つの異なった変化の仕方も、1つのモデルで説明することができた

今回の成果は、金属酸化物における電子相関の役割を明らかにするもので、性質の理解に大きく寄与するものという。新理論モデルを用いることにより、新たな機能を有する金属酸化物材料の設計が可能になったとコメントしている。