東京大学 大気海洋研究所(大気海洋研)は7月19日、現在進行中の南極氷床及びグリーンランド氷床そして山岳氷河の融解が、2万年前の氷期から引き続き起こっている氷床融解現象ではなく、近年に特有の現象、すなわち人為起源の気候変調による極域氷床の変動である可能性を示唆する結果であることを明らかにしたと発表した。
成果は、大気海洋研の横山祐典准教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、7月13日付けで米地球物理学会誌「Geophysical Research Letters」に掲載された。
人工衛星や測地学的手法、および潮位計の計測などから、近年、南極及びグリーンランド氷床の融解が進んでいることや、地球規模で海水準が上昇していることが明らかとなっている。
しかし現在の地球の気候は、10万年周期で起こる氷期-間氷期の寒暖サイクルの中では、比較的温暖な時期にあたることから、これらの現象は自然の変化の一部であるとする見方も存在するところだ。2万年前に終わった、現在から最も近い時代の氷期の後に起こった氷床の融解により、海水準は世界的に120~130mも上昇した。
氷期には、カナダの全範囲と北欧に大規模氷床が存在し、南極氷床(画像1)も現在より大きかったことがわかっている。しかし、現在のカナダや北欧に氷床は存在しない。これらの氷床は、およそ6000年前までにとけ終わっていたことが、これまでの研究から確認済みだ。
一方で、今回の研究対象となった南極氷床とグリーンランド氷床は、比較的温暖な時期(間氷期)である現在もその大部分が氷床に覆われている。同時に、気候変動との関連性がよくわかっていない氷床でもあるのだ。
近年観測されたデータは、過去50年分程度であるため、はたしてその海水準上昇傾向(または氷床の減少傾向)が、近年の人為起源の環境変化によりもたらされたものなのか、過去2万年間にわたって続いてきているものなのかは、世界的に議論が続いていた(画像2)。
画像2は、直近の氷期から現在にかけてのグローバルな海水準変化(a)と、10万年周期の地球の気候変化によるグローバルな海水準変動(b)。過去14万年間で、現在とほぼ同じ量の全球氷床量(すなわち海面高度)の時期は、およそ12万年前に存在した。
直近の氷期には北米大陸や北欧が厚さ3kmもの氷に覆われ、海水準は130mほど下がっていたことが確認されている。南極氷床も現在より拡大していたが、その規模については、いまだに議論が続いている状況だ。
全球の主な氷床融解はおよそ6000~7000年前に終焉しているが(a)、南極氷床やグリーンランド氷床が、引き続き融解していたかについては、統一見解を得られていない。
そこで今回、青森県下北半島の過去の海水準の変化が、堆積物中のプランクトン組成(塩分変化の指標)や地形によって求められ、また海水準の変化のタイミングが、放射性炭素年代測定により正確に求められた次第だ。
2万年前以降の海水準の上昇に伴って、海洋全体(つまり地球表層の70%)に均質に分散されたおよそ120~130mの厚みを持つ海水の荷重によって、海水の器である海洋全体が押し下げられている。
それにより、ゆっくりした地殻変動が起こり、過去の海水準(つまり標高0m)が氷床からの距離や地下構造により、現在の海水準より高いところに現れる仕組みだ。今回の研究では、それらを物理計算によって比較検討することにより、氷床の融解の規模とタイミングについて検討が行われた。
南極やグリーンランドの氷床からは離れた日本列島から採取された地質データと、固体地球の変形モデルを併用することにより、氷床融解の以下の3つのモデルについて検討。
すなわち、(1)およそ1万9000年前の氷期の終焉から引き続き現在まで融解が続いているとするモデル、(2)北米や北欧氷床が融解し終わった6000年前までに融解し終え(画像3)、その後は海水量の変化がないモデル、そして(3)その間の3000~4000年前までに融解し終え、その後は海水量の変化がないモデル、の3つだ(画像4)。
画像3は、6000年前の関東平野の海岸線の例。いわゆる縄文海進といわれるもの(横山祐典2007:地球史が語る近未来の環境 第2章:東京大学出版会)。6000年前から現在にかけて、地球の変形によって、日本列島沿岸域の陸地は"拡大"してきた。その規模とタイミングを地球物理学的なモデルと比較することにより、南極氷床が継続的に融解してきたか、あるいは6000年前以降の過去のある時期に融解が終焉したかを明らかにできるのである。
画像4は、今回の研究対象地域である、青森県下北半島の海水準計算結果(緑、青、赤の実線)と過去の海水準指標の高度(□で表示)。点線で表された氷床融解のモデル(現在まで継続的に融解したモデル(赤、モデル(1))(6000年前に融解が終了したモデル(緑、モデル(2))、4000年前に融解が修了したモデル(青、モデル(3))を入力した場合、氷床融解の水が流れ込む海洋の形の変化によって、陸地が"拡大"する。
前述の3つのモデルを検討した結果、まず氷期から現在まで融解しているモデル(1)は、現在よりもおよそ2m高い位置にある3000~4000年前の海水準の観測値の存在を説明することができなかった。
つまり、モデル(2)あるいは(3)が妥当というわけで、すなわち氷期終焉後の主な氷床融解は、数1000年前、おそらく3000~4000年前までに終了していたことがわかった。従って、現在観測されている氷床融解の加速は近年に特徴的な現象であり、現在の温暖化に伴って引き起こされた可能性が示唆される。
今回の研究の意義は、地球の現象をとらえる上では極めて短期間の人工衛星や測地学的データに基づく氷床融解のシグナルが、いわゆる自然現象ではない可能性を強く示唆した点だ。
今後の温暖化で一番危惧されるのは、南極氷床を含む氷床の融解に伴う海水準上昇やそれに伴う海洋環境変化だが、氷床の安定性を検討する上でも重要な知見だ。現在準備中で2013年に出版予定の「第5次IPCC気候変動評価報告書」に対しても、重要な貢献となるという。
また、今回の研究では、氷床から遠く離れた日本列島の地形地質データを、地球物理モデルと組み合わせることにより、人為起源の環境変化と自然現象とを区別できた点がユニークでもある。
現在でも西南極氷床は、海底に着底し世界的に海水準を5mほど上昇させる氷床が存在しており、今後の温暖化に伴う不安定化が懸念されている。これまでの氷床融解のタイミングと気候変動との関連性を明らかにする上で、氷床の近辺での地球科学的試料に基づく、変化のタイミングと規模の決定についての研究を進めていく必要があるという。
また、日本のように地震活動の大きな場所だけでなく、地殻変動の少ない地域でのデータの採取と高精度年代決定により、今後より詳細な情報の採取を行って行く必要があると、研究グループは述べている。