理化学研究所(理研)と電気通信大学(電通大)は、マウス用に新たに開発した特定の方向しか見ることができない「シリンダーレンズメガネ」を用いて、形を知覚するための脳の情報抽出機能の成長変化を計測し、「臨界期」を明らかにし、同時に臨界期を過ぎた大人のマウスでも視覚機能が発達する可能性が残っていることも発見したと共同で発表した。
成果は、理研 脳科学総合研究センター 行動遺伝学技術開発チームの吉田崇将研究員と、電通大 総合コミュニケーション科学推進室の田中繁特任教授(理研脳科学総合研究センター 客員研究員兼務)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間7月7日付けで米オンライン科学雑誌「PLoS ONE」に掲載された。
1970年に英国のブレークモアとクーパーは、縦縞または横縞が内壁に描かれたドラム缶の中で、幼年期のネコを1日数時間過ごさせるというトレーニングを半年間繰り返した。その後、電気生理学的にニューロンの活動を記録したところ、経験した縞の方位を見た時、その方位に対応するニューロンが有意に活動したと報告している。
しかし、その後ストライカーらによる追試では、その実験結果は再現されなかった。これは、ドラム缶の中にネコを入れてもネコが縞模様を見るとは限らないということがあり得るためだ。また技術的な問題から、ネコではどのようにして視覚野が発達しているのか、その分子メカニズムの解明には至らなかったのである。
また、マウスの環境認識に関しても、これまでは視覚よりも嗅覚や触覚に頼ると考えられていたため、マウスでの視覚野ニューロンの方位選択性の研究はあまりされていなかった。しかし、研究グループは今回、マウスは成長速度が早く遺伝子操作が可能なことから実験対象としたのである。
研究グループは、マウス用のシリンダーレンズメガネを開発し(画像1)、幼年期のマウス(メガネ飼育群)に装着して、車輪などの遊具があるプラスチック製の箱の中で同腹のマウスと一緒に飼育。1週間メガネをかけて過ごした後に、ディスプレイに表示したさまざまな方位の縞模様を、メガネ飼育群に見せた。
画像1が、シリンダーレンズを通して見えるストライプパターンだ。ストライプパターンの中央に置かれたシリンダーレンズによって、レンズの中心部分では縦のストライプが見えるため、マウスはどの方向を向いても縦方向に長い像を見ることになる。
この時に活性化した視覚野ニューロン集団を、「内因性光学計測法」を用いて2次元的に記録した。また、「二光子励起カルシウムイメージング」を用いて同様の実験を行い、各ニューロンから発射される蛍光強度の2次元的な記録も行われたカタチだ。
その結果、内因性光学計測法の結果から得られた各方位に対して活動するニューロン集団が占める面積比は、二光子励起カルシウムイメージングによって得られた各方位に対して活動するニューロン数の比とよく一致していることが判明した。
さらに、二光子励起イメージングの結果を詳細に解析したところ、視覚刺激に反応する全ニューロン数はほとんど一定だったが、経験した方位に反応するニューロンは、メガネ飼育群のほうが正常飼育群に比べて2倍以上に増加していることも判明。
つまり、視覚野は経験した方位を自動的に学習し、本来経験しない方位に反応するはずのニューロンの一部が、経験した方位に反応するようになったことを示している。
なお、これまでは経験しなかった方位に反応するはずのニューロンは機能せず、経験した方位に反応するニューロンが相対的に増加するという解釈が支持されていた。しかし、今回の研究はその解釈では説明ができないことを示したのである。
メガネ飼育マウスの刺激に対する学習の度合いである感受性(ニューロンの反応性が経験に依存して変化する度合い)を週齢別に見ると、4週齢から増加し5週齢で最大に達し、この時期に学習機能が高いこともわかった。また、10週齢では正常飼育群と区別ができないレベルまで減少することも確認されている。
そして視覚像の輪郭線を検出する視覚機能は4週齢から7週齢の間でほぼ決定し、臨界期はこの時期であることが明らかになった。マウス視覚野の方位選択性に関する感受性が、週齢と共にどのように変化するのかを示したのは今回の実験が初めてである。
さらに、マウスでは大人とみなされる12週齢からは、再び方位選択性に関する感受性は、臨界期における最大値の30%ほどに増大することもわかった。つまり、臨界期後の大人のマウスでも視覚機能が発達する可能性があることがわかったのである(画像2)。
今回、マウスにおいて視覚機能の発達が成長に依存することが、明らかになった。今後、視覚機能に関与する遺伝子やその結果合成されるタンパク質を同定できる可能性があるという。また、同定した遺伝子を改変したマウスを用いると、視覚野の発達のメカニズムの解明や、弱視の治療法開発への可能性が期待できるとも説明している。
さらに研究グループは、今回の研究は視覚だけでなく、言語などの高次認知機能の発育における経験効果の理解にもつながることが期待できるとも述べている。