名古屋大学(名大)は、幹細胞を移植することなく、その培養上清を用いて骨再生を行うことに成功したと発表した。

成果は、名大大学院 医学系研究科 顎顔面外科学の上田実教授、同片桐渉助教、同大学院生の大杉将嗣氏らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、7月1日付けで米国誌「Tissue Engineering」に掲載された。

名大医学部附属病院では、組織工学的手法を用いた幹細胞移植治療である「培養骨」を開発し、臨床応用を行っている。患者骨髄由来の「間葉系幹細胞(MSC)」を採取して培養し、「骨芽細胞」に分化させたものを自身の「多血小板血漿(PRP)」と混和して患部に移植するもので、歯科インプラントを埋入するため骨が欠損している部位などに、この培養骨移植が行われてきた。

この臨床応用は、これまでのところ、長期経過症例を含め良好な経過をたどっている模様だ。しかし、幹細胞の移植に当たっては細胞培養施設の設置や細胞培養にかかる費用、人件費等コストが膨大であり、かつ高度な細胞の品質管理や安全性の担保が要求され、厳格な法規制もあいまって、施設限定的な治療法といわざるを得ないという。

近年、幹細胞移植において、移植した細胞自体の効果はもとより、その細胞が分泌するタンパク質であるさまざまな成長因子の「サイトカイン」が組織再生に重要な役割を果たしているという報告がなされるようになってきた。

すなわち、細胞が分泌するこのような成長因子が「パラクライン効果」により周囲に存在する内在性の幹細胞に作用し、その細胞を局所へ動員させ、組織再生を起こすというものだ。

この成長因子は細胞培養時には培養上清に分泌され、培養上清中には明らかなだけで百数十種類のサイトカインが含有されている。そこで研究グループは、この培養上清に含まれるサイトカインに着目した。

つまり、培養上清に含まれるこれらサイトカインの作用を期待し、この培養上清を局所に適切な足場と共に移植し、内在性の幹細胞の局所への動員を促し、骨再生が行われるのではないかと考えたのである。

これは細胞移植を必要とせずに内在性の幹細胞を利用する、これまでの概念にない骨再生医療であり幹細胞移植にまつわる上記の諸問題を解決できる方法となり得るという。

さらに、移植した幹細胞の造腫瘍化などの危険性も回避可能となる。研究グループでは、幹細胞由来成長因子を用いた骨再生の研究を行い、幹細胞移植を行わずに骨を再生することに成功した。

MSCの培養上清には「IGF-1」、「VEGF」、「TGF-β1」、「HGF」などのサイトカインが含有されているのを確認。培養上清は、in vitroで「ヒト間葉系幹細胞(hMSC)」の遊走能、増殖能を上昇させた。

そして、培養上清をアガロースゲルに混和しラット頭蓋骨に作製した骨欠損部に移植する実験を実施。マイクロCT及び組織切片にて観察したところ、経時的に新生骨の添加がおこり、培養上清移植部には細胞移植と同等以上の骨再生が認められたのである。

ラット頭蓋骨に培養上清を移植し、ラット尾静脈より蛍光標識したMSCの投与を行い「in vivo イメージング装置」にて細胞の動態を観察したところ、投与されたMSCは頭蓋骨の培養上清移植部に高度に集積していることが明らかとなった。

さらに「GFPラット」にて移植実験を実施したところ、培養上清移植部に「GFP陽性細胞」が集積し、これらの中で幹細胞マーカーを発現している細胞も多数認められたという。このことは、培養上清移植部へ周囲の内在性幹細胞が遊走してきていることを示すものだった。

幹細胞の移植なしで骨が再生するならば、治療の安全性が大幅に向上するばかりか、細胞移植に随伴する諸問題の多くが解消される可能性がある。例えば、移植操作の簡便化、材料の規格化、安定性、治療コストの低減化など多くの利点をもたらす。以上により、骨再生医療の実用化に今回の研究は大きく寄与するものと考えられる。

今回の研究の成果をもとに、院内生命倫理委員会の承認を受け、名大医学部 附属病院 歯科口腔外科及びその関連施設では、臨床研究をスタート。さらに、幹細胞由来の成長因子を用いた再生技術は、骨の再生のみならずほかの重要臓器、例えば、心臓、脳、肝臓などの再生技術として応用できる可能性があるとしている。