電気通信大学(電通大)は6月26日、次世代太陽電池の量子ドット太陽電池で、光から電流を起こす担い手である励起子を高効率で生成するプロセスの解明に成功したと発表した。

成果は、同大 電気通信学部 沈青 助教らによるもの。欧州科学誌「Chemical Physics Letters」のオンライン速報版で近く公開される予定。

量子ドット太陽電池は、基礎研究段階だが、集光時の理論変換効率は60%以上(集光しない場合でも40%超)と高く、化学合成法によって簡便に作製できることから、次世代太陽電池の1つとして注目を集めている。量子ドットは、直径が数nmの微細な半導体の結晶のことで、量子効果によって光吸収領域を紫外光から近赤外光までの幅広い波長に拡張することができる。また、高エネルギー光を活用して1つの光子の吸収で複数の励起子(高いエネルギー状態にある電子・正孔の対)を生成できる多重励起子生成(MEG)を起こし、熱エネルギーの損失を防ぐことも可能で、従来の結晶型シリコン太陽電池のボトルネックを解決できると期待されている。

幅広い波長の光吸収を狙う量子ドット太陽電池には、タンデム方式や中間バンド方式があり、高いエネルギーの光の活用を狙うものには、MEG方式とホットキャリア方式が挙げられる。それらの方式の中でも、MEG方式にはMEG発現のプロセスについて謎が多いとされていた。

量子ドットの世界では、光の入射を受けて、高エネルギー状態になった励起子が、低いエネルギー状態へ緩和されるまでの時間が緩やかになるため、エネルギーが熱として損失する前に、1光子から励起された電子がさらに別の電子にエネルギーを与えて2つ以上の励起子が生成されると言われている(図1)。このMEG現象は、2002年に理論的に予言され、最近では単独の量子ドット(PbS/PbSe/PbTe/Si/InAs/CdTeなど)について、過渡吸収法による測定が行われきたが、これまで測定法の限界からピコ秒オーダーに起こるMEGの発現について、実験的な裏付けは得られておらず、MEG発現以降のデータから発現の過程を推測するしかなかった。このため、MEGが理論通り本当に発現しているのか、という根本の証明と、実用化に向けて不可欠なMEGの発現から収束までの一連のプロセスの解明が望まれていた。

図1 量子ドットにおけるMEGの模式図。半導体量子ドットでは、エネルギーギャップ(Eg)の2倍以上エネルギー(hν)を持つ光子を吸収した場合、高いエネルギー状態の励起子が生成される。高いエネルギー状態にある電子(あるいは正孔)が低いエネルギー状態へ緩和するときに、放出されたエネルギーにより、もう1つの励起子が生成され、1個の光子で複数の励起子ができるMEGが効率よく発生する

そこで今回、改良型過渡回折格子法を開発し、MEGの評価手法として用いた。過渡回折格子法は、光吸収による物質の屈折率の変化を測定するため、従来の過渡吸収法では測定困難だったプロセスの検出ができる。これにより、硫化鉛半導体量子ドットを対象として、ピコ~数百ピコ秒までの光吸収により生成した励起子の過渡回折格子信号を測定した。その際、励起光のエネルギーを、MEGが発現できない小さい値(1.9Eg)からMEGが十分起こりうる大きい値(3.4Eg)まで変化させて測定した。すると、図2に示すように、励起光エネルギーが硫化鉛量子ドットのバンドギャップの2.7倍以下の場合では、過渡回折格子信号(屈折率)の強度に変化がなく、MEG発現を示すピークがないフラットな波形を描き、MEGは発現していない。これに対し、2.7倍以上の光エネルギーになると、最初のピーク直後の200フェムト秒から信号が増加し、3ピコ秒付近でMEG発現を示す新しいピークが現れ、そのピークの強度は光子エネルギーの増加とともに大きくなる。これは、MEGが多く発現していることを示すもので、その過程が初めて観察されたことを表すという。

図2 硫化鉛量子ドットのMEG発現初期の過渡回折格子信号(屈折率)の変化。励起光エネルギー(hν)が硫化鉛量子ドットのバンドギャップの2.7倍以下では、過渡回折格子信号(屈折率)の強度に変化がなく、MEG発現を示すピークもないため、MEGは発現していない。2.7倍以上になると、最初のピーク直後の200フェムト秒から信号が増加し、3ピコ秒付近でMEG発現を示す新たなピークが現れ、その強度は光子エネルギーの増加とともに大きくなり、MEGが多く発現している過程が観察された

さらに、図3に示された数100ピコ秒単位の経時変化では、励起光エネルギーが1.9Egの時にMEGが発現しておらず、2.7Eg以上ではMEG発現の高い信号強度が見られた。生成された多重励起子は、数十ピコ秒で消滅して1つの励起子に戻ったことが判明し、MEGの発現から収束までの一連の観測に成功した。

図3 PbS量子ドットにおけるMEG発現から消滅までのプロセス(数10ピコ秒単位)。励起光エネルギー(hν)が1.9Egの時は、過渡回折格子信号は1つの励起子の変化のみを表しておりMEGは発現しておらず、2.7Eg以上(2.83Egと3.42Eg)では初期段階からMEG発現の高い信号強度が見られる。また、生成された多重励起子は約150ピコ秒付近で消滅し、1つの励起子に戻る様子が観測された

今回の結果より、硫化鉛量子ドットのMEGについて、(1)発現条件では、光子エネルギーがエネルギーギャップの2.7倍より大きいこと。(2)MEG発現のプロセスでは200フェムト秒で開始し、3ピコ秒で終了する。(3)多重励起子の寿命は、数10ピコ秒であることが明らかになった。

つまり、硫化鉛量子ドットの励起子を高いエネルギー状態で利用するに当たって、数百フェムト秒以内に取り出す必要があり、MEGを太陽電池に利用する場合、利用できる条件は、光エネルギーが2.7Eg以上であること。また、数十ピコ秒以内に電子と正孔に電荷分離させるべきであることが判明した。これらの実験結果は、定量的な基礎データとして、今後量子ドットのMEG発現を利用する太陽電池デバイス設計の明確な指針になるとが期待されている。

同成果は、半導体量子ドットを用いた安価・高効率な次世代MEG型(あるいはホットキャリア型)量子ドット太陽電池の設計と実現への指針になることが期待される。今後は、ナノ結晶中で生成した励起子を外部に取り出す手法の確立などのデバイス化に向けたステップを経て、近い将来、量子ドットMEG型太陽電池で理論効率40%超に迫る展開が期待される。また、この発見により、太陽電池への応用とともに、MEGをレーザや発光デバイスなどへの応用も考えられる。さらに、半導体量子ドットにおけるMEG生成プロセスを明らかにしたことにより、今後、MEGの発現メカニズムの解明に向けて基礎物理学への寄与も期待されるとコメントしている。