東北大学は6月26日、初のホールを注入した「T'型銅酸化物」超伝導物質の「La1.8-xEu0.2SrxCuO4」を発見したと発表した。
成果は、東北大大学院 工学研究科 応用物理学専攻大学院生の高松智寿氏、加藤雅恒准教授、小池洋二教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、「Applied Physics Express vol.5」の2012年No.7に掲載される予定だ。
銅酸化物高温超伝導体の母物質は絶縁体だ。この母物質を超伝導体にするには、適当な量の電子を注入するか、ホールを注入する(電子を取り去る)かしなくてはならない。
銅酸化物高温超伝導体の母物質の1つである「Ln2CuO4」(Ln=ランタノイド元素)は、結晶構造がシンプルなため、高温超伝導の発現メカニズムの解明を目指して、これまで最も精力的に研究されてきた。
このLn2CuO4は2種類の結晶構造を取る。1つは画像1に示す「K2NiF4構造(通称T構造)」で、もう1つは画像2に示すNd2CuO4構造(通称T'構造)だ。いずれもLn2O2層と超伝導を担うCuO2面からなる。
この両者の違いは、銅(Cu)をとりまく酸素(O)の数にある。T構造では6個のOがCuに、T'構造では4個のOがCuと結合している。そして、約25年前の銅酸化物における高温超伝導体の発見以来、T構造のLn2CuO4はホール注入により、T'構造のLn2CuO4は電子注入により超伝導が出現すると信じられてきた。
また、ホールを注入したT構造Ln2CuO4の方が、電子を注入したT'構造Ln2CuO4よりも超伝導転移温度Tcが高いという傾向がある。これらの理由を明らかにすることは、高温超伝導のメカニズムを解明し、室温超伝導体を探索する上でとても重要だ。
そこで、T'構造Ln2CuO4へホールを注入した物質で超伝導が出現するかどうか、また、そのTcは電子を注入したときと比べて高くなるかどうかを調べることは非常に興味がもたれていた。しかし、この20数年間、その合成には誰も成功していなかったのである。
銅酸化物は、通常、混合した原料粉を約1000℃で加熱して合成する。このような高温では、ホールを注入したLn2CuO4はT'構造よりもT構造が安定化するため、合成が不可能だった。
そこで今回の研究では、ホールを注入したT構造のLn2CuO4を通常の合成法で作製しておき、これをT'構造が安定な低温でT'構造に変化させるという方法を考案。
しかしながら、低温では熱エネルギーを利用できないので、その代わりに還元剤の化学エネルギーを利用した形だ。今回の研究ではLn2CuO4におけるLnとして「ランタン(La)1.8ユウロピウム(Eu)0.2」を選択し、ホールキャリアの注入のためLa3+の一部をストロンチウム(Sr)2+で置換することにした。
まず、T構造の「La1.8-xEu0.2SrxCuO4(x=0.05)」を通常の合成法で約1000℃で作製。これと、強力な還元剤CaH2を混ぜて約225℃という低温で反応させて、酸素を大量に欠損させた「La1.8-xEu0.2SrxCuO3.5」が作製された。さらに、400℃、酸素気流中で加熱して、酸素を再導入した結果、T'構造のLa1.8-xEu0.2SrxCuO4の合成に成功したというわけだ。このような低温でも軽い酸素イオンが動くことができて再配列し、低温で安定なT'構造に変化したのである。
最後に、ごくわずかながら過剰に酸素が存在したため、真空中で加熱することにより取り除き、酸素量を過不足なくした。このようにして得られた試料の直流磁化率が測定された結果、13Kで超伝導転移が確認され、ホールを注入したT'構造のLa1.8-xEu0.2SrxCuO4(x=0.05)の超伝導化が初めて実現したのである。
今回、合成に成功したホール注入型T'構造La1.8-xEu0.2SrxCuO4のTcは13Kで、同じくホールを注入したT構造のLa1.8-xEu0.2SrxCuO4より約10K低かった。今後、ホールの量(Srの量)を変化させて、Tcの変化を調べる予定だ。
また両者の物理的性質を調べ、そのTcの違いの原因を明らかにすることも検討中だ。これは、高温超伝導発現のメカニズムの解明に有力な情報を提供することになるという。
さらに、メカニズムが解明されれば、より高いTcを有する新しい高温超伝導体(究極的には室温超伝導体)が発見され、超伝導の実用化が促進されるものと期待されると、研究グループはコメントしている。