理化学研究所(理研)は6月26日、生体内に侵入した細菌やウイルスなどを排除する「獲得免疫応答」が始動するためには、免疫細胞の1種である「CD205陽性通常型樹状細胞」が必要であることを明らかにしたと発表した。
成果は、理研 免疫・アレルギー科学総合研究センター 樹状細胞機能研究チームの佐藤克明チームリーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、6月25日の週に「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America:PNAS)」オンライン版に掲載の予定だ。
感染症とは、細菌やウイルスなどの病原体(抗原)が宿主の体内に侵入して、増殖または毒素を産生する反応(病気)の総称だ。有史以前から近代まで、感染症はヒトの病気の原因の大部分を占めている。
特に発展途上国で大きな問題だが、先進国でも、新しい感染症や再発する感染症に加えて、多剤耐性菌のまん延やバイオテロの脅威、高度医療の発達に伴う手術後の患者や免疫抑制状態の患者での日和見感染増加など、まだまだ解決すべき課題が多い状況だ。
細菌やウイルスに感染すると、生体は防御するために免疫応答を引き起こす。免疫応答には、自然免疫応答と獲得免疫応答がある。自然免疫応答では、免疫細胞の1つである抗原提示細胞(樹状細胞やマクロファージなど)が抗原を認識して活性化し、サイトカインを産生する仕組みだ。
その結果、自身やほかの免疫細胞による捕食、殺菌を促して適切な炎症反応を引き起こし、病原体の増殖を防止する。さらに獲得免疫応答では、抗原提示細胞により抗原情報とサイトカインを伝達されたT細胞が、ヘルパーT細胞やキラーT細胞に分化、活性化して、特定の抗原やその感染細胞を攻撃するのだ。
これまで、最初に病原体に出会う樹状細胞について盛んに研究が行われてきた。しかし、どの樹状細胞が抗原を感知して獲得免疫応答を誘導し、抗原に対する生体防御反応を引き起こすか、つまり最初の生体防御のシステムの全容解明にはいまだ至っていない。
樹状細胞は通常型樹状細胞と形質細胞様樹状細胞に大別される。両方ともT細胞の活性化に関わっているが、通常型樹状細胞は最初から樹状形態をしているのに対し、形質細胞様樹状細胞は最初は球形で、抗原と遭遇し活性化した後に樹状形態になる形だ。
研究チームは、通常型樹状細胞の中でリンパ組織のT細胞領域に多く存在するCD205を発現する亜集団(CD205陽性通常型樹状細胞)に着目し、獲得免疫応答のメカニズム解明に挑んだ。
研究チームは、CD205陽性通常型樹状細胞だけを欠損させた遺伝子改変型のCD205陽性通常型樹状細胞欠損マウス(画像1)が作製された。
画像1は野生型マウスの脾臓と、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスの脾臓の免疫組織染色。青はT細胞、緑はB細胞、赤はCD205陽性通常型樹状細胞を示したもの。CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスの脾臓では、CD205陽性通常型樹状細胞はほとんど認められない。
次に、野生型マウスとこの遺伝子改変マウスに、致命率の高い感染菌であるリステリア菌を感染させ、細菌に対するキラーT細胞の生成、生存率、脾臓での細菌量をそれぞれ測定した。
その結果、野生型マウスと比較して、遺伝子改変マウスでは細菌に対するキラーT細胞の生成量が約4分の1に(画像3・左)、感染後11日目の生存率は約5分の1に低下し(画像3・中)、脾臓の細菌量が約3倍に増加していた(画像3・右)。
画像3は、野生型マウスとCD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスにリステリア菌を感染させた結果。
左のバーグラフは、細菌感染6日後の細菌に対するキラーT細胞の生成量が測定された。野生型マウスと比較して、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスでは細菌に対するキラーT細胞の生成が約4分の1に低下している。
中央の折れ線グラフは、細菌感染後の生存率を測定したもの。野生型マウスと比較して、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスでは細菌感染後の生存率が低下している。
右図は、細菌感染6日後の脾臓中の細菌量を測定したバーグラフ。野生型マウスと比較して、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスでは約3倍の細菌量を検出した。
また、それぞれのマウスに、口唇ヘルペスなどを引き起こす単純ヘルペスI型ウイルスを感染させ、ウイルスに対するキラーT細胞の生成と脾臓でのウイルス量がそれぞれ測定された。
その結果、遺伝子改変マウスではキラーT細胞の生成が約4分の1に低下しているのが判明(画像4・左)。また、野生型マウスの脾臓でウイルスは検出しなかったが、遺伝子改変マウスでは多くのウイルスを検出した(画像4・右)。
画像4は、野生型マウスとCD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスに単純ヘルペスI型ウイルスを感染させた結果。左図はウイルス感染5日後のウイルスに対するキラーT細胞の生成を測定したもの。野生型マウスと比較して、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスではウイルスに対するキラーT細胞の生成が約4分の1に低下している。
右図は、ウイルス感染5日後の脾臓中のウイルス量を測定したもの。野生型マウスではウイルスを検出しないが、CD205陽性通常型樹状細胞欠損マウスでは高いウイルス量を検出した。
このことから、CD205陽性通常型樹状細胞がキラーT細胞の生成に重要だと判明。つまり、病原体に感染した宿主では、CD205陽性通常型樹状細胞が病原体やその感染細胞を捕食し、これらの抗原情報をT細胞に伝えることがわかった。
その結果、活性化したキラーT細胞が積極的に生成され、獲得免疫応答を誘導し、効率的に病原体やその感染細胞を排除することを示唆した(画像5)。
画像5は、CD205陽性通常型樹状細胞による病原体に対する獲得免疫応答の誘導。病原体に感染すると、CD205陽性通常型樹状細胞が病原体や感染細胞を捕食し、これらの抗原情報をT細胞に伝えて活性化したキラーT細胞を積極的に生成、獲得免疫応答を誘導する。その結果、効率的に病原体やその感染細胞を排除することができる。
今回、免疫応答の始動を担う樹状細胞の中でも、CD205陽性通常型樹状細胞が病原体に対する獲得免疫応答の誘導に重要な役割を担っていることがわかり、宿主の生体防御反応を引き起こすシステムの一端を明らかにすることに成功した形だ。
今後、この知見を応用して、CD205陽性通常型樹状細胞を効率的に活性化すれば、感染症のワクチン開発を含む新たな治療法の開発につながると期待できると、研究グループは述べている。