東京大学 医学部付属病院、「自閉症スペクトラム障害」の当事者では、他者が自分に対して友好的か敵対的かを判断する際に、顔や声の表情よりも言葉の内容を重視する傾向があること、また、その際には「内側前頭前野」と呼ばれる脳の場所の活動が有意に弱いことを示したと発表した。
成果は、東大大学院 医学系研究科 精神医学分野の山末英典准教授、同統合生理学分野の渡部喬光大学院生らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月23日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。
自閉症スペクトラム障害は、相手や場の状況に合わせた振る舞いができないといった対人コミュニケーションの障害を主徴とする代表的な発達障害だ。この障害の原因や治療法は未確立で、高い知能を有する人でも社会生活に困難をきたしやすい現状にある。
自閉症スペクトラム障害の当事者は、その高い知能や高い言語の理解能力にもかかわらず他者の意図を直感的に汲み取ることが苦手なため、しばしば社会生活に困難を感じている。
特に、冗談や皮肉のような、顔や声の表情と言葉の内容が食い違う表現に接した場合この障害が顕著になることが知られていた。しかし、この経験的によく知られた現象を実証した研究はこれまで乏しく、どのような脳の仕組みがこの障害に関与しているのかも明らかではなかった。
研究グループはこの障害を実験的に実証し、その背後にある脳の仕組みを解明するために、自閉症スペクトラム障害の当事者と精神障害のない定型発達者との間の行動・脳活動における違いに関する研究を実施した形だ。
今回の研究には、知的障害がなく向精神薬の服薬も行なっていない、自閉症スペクトラム障害と診断された15名の成年男性当事者と、比較の対照として、この当事者と知的能力や年齢や生育した経済的環境に差がなく精神障害のない17名の成年男性が参加した。
参加者には短いビデオを見てもらい、そこに登場する俳優が発する言葉の内容と言葉を発する際の顔や声の表情から、その俳優が参加者にとって友好的に感じられるか敵対的に感じられるかを判断してもらった形だ。
その間、参加者の脳活動の変化を「fMRI(機能的磁気共鳴画像)」で測定した。俳優には、「きたないね」「ひどいね」といったネガティブな言葉と「すごいね」「すばらしいね」などのポジティブな言葉を、嫌悪感を示す表情・声色もしくは笑顔を示す表情・声色と組み合わせて発するというものである(画像1)。
そして、嫌悪感を示す表情・声色でポジティブな言葉を発した俳優を「敵対的」と判断した場合を「非言語情報を重視した他者判断」と定義し、笑顔でネガティブな言葉を発した俳優を「敵対的」と判断した場合を「言語情報を重視した他者判断」と定義した。
精神障害のない対照の群では、非言語情報を重視して他者判断する機会が多いことが判明。また、その際には内側前頭前野などの、他者の意図や感情の理解、曖昧なものの判断に関わることが知られていた脳の場所が強く活動しているのが確認された。
一方で、自閉症スペクトラム障害と診断された当事者の群では、非言語情報を重視して他者判断する機会が減るのがわかった。また、不安や恐怖といった脅威的な刺激に対して反応する扁桃体の活動は増強されるものの、精神障害のない対照の群で強く活動していた内側前頭前野などの活動は減弱していることがわかったのである(画像2)。
さらに、この内側前頭前野などの活動が弱い人ほど、日常的に観察された対人コミュニケーション障害の重症度が重いことも判明した(画像3)。
今回の研究は、皮肉や冗談の意図を直感的に汲み取りづらいという自閉症スペクトラム障害の重要な症状を定量的に実証し、さらにその障害の背後にある脳の仕組みを明らかにした。今後はこの研究成果をもとに、これまで乏しかった対人コミュニケーション障害の客観的評価方法の開発や、自閉症スペクトラム障害当事者との相互理解の促進、さらには今回の研究から得られた脳画像所見を効果判定指標とした対人コミュニケーション障害の治療法の開発、といった展開が期待される。