京都大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、日本原子力研究開発機構(JAEA)の3者は6月21日、高温超伝導の舞台となる電子状態の異常性の一端を明らかにしたと共同で発表した。
成果は、京大 大学院理学研究科の笠原成研究員、同芝内孝禎准教授、同松田祐司教授、JASRIの杉本邦久研究員、JAEAの福田竜生研究員らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月21日付けで英科学誌「Nature」オンライン版に掲載された。
今回の成果は、高温超伝導体中の電子の集団が、超伝導転移を起こすよりも高温で、自発的に結晶格子の持つ回転対称性を破った状態に相転移を起こすことを示したものだ。この対称性を破った状態は液晶ディスプレーなどで用いられる「ネマティック液晶」との類似性から、「ネマティック電子状態」と呼ばれている。
類似した電子構造は、今回の研究対象となった鉄原子を含む高温超伝導体だけではなく、銅酸化物高温超伝導体においてもが報告されていることから、現代物性物理学に残された未解決問題の1つである「高温超伝導」の発現機構を解明するカギとして、高温超伝導発現機構とネマティック電子状態の関係が注目されているところだ。
超伝導は低温で2つの電子間に引力が働くことにより生じるが、その転移温度は約30K(約-240℃)を超えることは不可能だと長年考えられていた。この常識を覆すように、1986年にスイスで銅酸化物、さらに2008年に日本で鉄系化合物において50Kを超える高い温度で超伝導(高温超伝導)を示す化合物が発見された。
しかしながら、その発現機構はいまだ明らかになっておらず、前述したように高温超伝導の発現機構は現代物性物理学における最大の未解決問題の1つとなっている。
今回の研究で用いた鉄系高温超伝導は、鉄原子が平面で正方形の格子を組み、この2次元四角格子で超伝導が起こると考えられている(画像1)。この鉄系超伝導体の母物質では、電子は強く相互作用し合い、鉄の磁気モーメントの方向が互い違いに並んだ磁気秩序状態を示す。
この秩序状態に化学的な方法で、元素を置換すると磁気秩序が壊され高温で超伝導が生じる。磁気秩序や超伝導の舞台となる詳細な電子構造の理解は、超伝導の発現機構、つまり電子の引力のメカニズムを解明するためのカギであると考えられ、最先端の手法を用いて現在世界中で活発な研究が行われているところだ。
研究グループは今回、研究対象として鉄系超伝導体の1つである「BaFe2(As1-xPx)2」を用いた(画像1)。この系では、母物質BaFe2As2でヒ素原子(As)をリン原子(P)に置換することにより、高い相転移温度を持った超伝導が現れる(画像2)。
画像2をもう少し詳しく説明すると、電子系の異方性が結晶格子の回転対称性が破る電子ネマティック相(右下図)が反強磁性-斜方晶相と超伝導相の高温に拡がり、常磁性-正方晶では東宝的な電子状態(右上図)になる。
これまで磁気秩序転移や超伝導転移が起こる温度よりも高い温度では、結晶は鉄原子が正方形に並んだ状態を持つとされてきた。研究グループは原子間力顕微鏡に用いるマイクロカンチレバーを用いて微小単結晶の磁場に対する応答を、磁場を鉄の2次元面内に精密に回転させて測定した(画像3)。
研究グループが開発したこの精密測定法について詳しく述べると、ピエゾ抵抗マイクロカンチレバー上に単結晶試料を設置し、ベクトル型マグネットを用いることで精密かつ高精度に磁気内面違法性を測定可能となる。この測定法を用いれば、従来の磁気測定装置の数千倍の超高感度で磁場に対する応答を検出することが可能だ。
さらに、研究グループは理化学研究所の所有する大型放射光施設「SPring-8」において大型イメージングプレートカメラを用いた放射光単結晶X線回折手法により、精密に結晶構造の変化の測定を行った(画像4)。
画像3。ピエゾ抵抗マイクロカンチレバーによる磁気違法性測定 |
画像4。SPring-8のビームライン「BL02B1」における大型イメージングプレートカメラ装置。高反射角のX線解析を測定することで、微小な結晶構造の変化を高精度に測定可能 |
これらの2つの実験結果から、従来信じられてきたものとは異なり、ある温度において、電子の構造が結晶の持つ正方形からひずみ、一方向にのみ電子が流れやすくなった状態(ネマティック電子状態)に「相転移」していることが明らかとなった(画像2)。
これは電子の集団が、自己組織化により自発的に結晶格子の回転対称性を破った状態に転移することを意味しており、鉄原子の電子軌道の整列と密接な関係を持っていると考えられる。
電子の集団が自発的に結晶の回転対称性の破ることは、銅酸化物高温超伝導体でも最近発見されていたが、そのことが高温超伝導とどのような関わりを持っているのか、依然として未解決な問題のままだ。
異なる電子構造を持つもう1つの高温超伝導体である鉄系超伝導体でも類似した電子状態を有するということを示した今回の発見は、高温超伝導に共通した新たな側面となるという。
今後このネマティック電子状態が高温超伝導の発現機構とどのような関わりを持っているかどうか大きな議論を呼ぶことが予想され、これを明らかにすることで、新たな高温超伝導物質の設計指針を与えるものと期待されると、研究グループはコメントしている。