東京理科大学技術交流センターと高エネルギー加速器研究機構(KEK)の両者は6月20日、電子1個と陽電子1個が束縛し合っている「ポジトロニウム」を、エネルギーのそろったビームとして超高真空中で生成することに成功したと共同で発表した。

成果は、東京理科大 大学院理学研究科 博士課程3年の満汐孝治氏、修士課程2年の鈴木亮平氏、同立花隆行助教、同長嶋泰之教授、KEKの兵頭俊夫特別教授、同柳下明教授、同和田健特別助教らの共同研究グループによるもの。詳細な研究内容は、米科学誌「Applied Physics Letters」オンライン版で近日中に公開される予定だ。

自然界に存在する最も軽い原子は水素原子だが、電子と電子の反粒子である陽電子が束縛し合った「ポジトロニウム」と呼ばれる、水素原子よりもさらに軽い「原子」が形成されることもある。

ポジトロニウムの質量は、水素原子の900分の1程度しかなく、寿命は142nsあるいは0.125nsで、陽電子と電子が「対消滅」を起こしてγ線になってしまう。これらの寿命は人間の感覚では極めて短いものだが、その間にポジトロニウムは原子としてさまざまな振る舞いをする。

ポジトロニウムは、電子の電荷を陽電子の電荷で打ち消した中性の電子とみなすこともでき、エネルギー可変で向きのそろったビームにすれば物質の有効な分析手段になり得ることは古くから予測されていた。

しかし、実際にそのようなビームの形で生成するのは容易ではなく、これまでは、速度のそろった低速の陽電子を気体中に入射し、気体分子との反応によって生成されるポジトロニウムを引き出すことが限界だったのである。

このようにして得られたポジトロニウムは、エネルギーが低い上に、分析に必要十分な距離を輸送(移動)できない、強度が弱い、気体分子が存在する環境の中でしか生成できない、といった問題があり、ビームとしては可能性の限られたものだった。

東京理科大の長嶋教授のグループは2008年、アルカリ金属を蒸着したタングステンに陽電子ビームを入射することにより、ポジトロニウムにさらにもう1個の電子が束縛された「ポジトロニウム負イオン」の大量生成に成功した。

さらに、2011年には、このようにして生成したポジトロニウム負イオンにレーザー光を照射することで、電子とポジトロニウムに分ける「光脱離」に成功した。今回は、それらをさらに発展させ、遂にポジトロニウムビームの生成に成功したというわけである。

ポジトロニウムは電気的に中性のため、電場で加速することができない。それに対し、ポジトロニウム負イオンはマイナスの電荷を持つため、電場により自由に加速、制御を行うことが可能だ。

加速されたポジトロニウム負イオンにレーザー光を照射し、電子とポジトロニウムに分けると、分かれたポジトロニウムの速度は光脱離前のポジトロニウム負イオンの速度とほぼ等しく、自由なエネルギーを持つポジトロニウムビームを生成できるのである。

ただし、ポジトロニウム負イオンをそれが消滅する前に光脱離させるには、高強度のパルスレーザーが必要だ。このレーザー光を効率よく照射するために、KEK 物質構造科学研究所に設置された「パルス状陽電子ビーム」が用いられた(画像1・2)。

ポジトロニウム負イオンの光脱離を利用したポジトロニウムビーム生成装置。画像1(左)は装置全体。画像2はレーザー光照射部分の詳細図

手順としてはまず、陽電子ビームをナトリウム蒸着したタングステンに入射し、ポジトロニウム負イオンをパルス状に大量生成する。ポジトロニウム負イオンを加速し、同時に高強度のパルスレーザー光を同期させ照射することにより、高効率でポジトロニウムビームを照射できるというわけだ。

生成されたポジトロニウムは、タングステンから80cm離れたところに置かれた「マイクロチャンネルプレート」と呼ばれる検出器で検出する。レーザー光の照射によってポジトロニウムが生成され、その飛行時間が加速と共に変化する様子が測定され、超高真空中でポジトロニウムビームが生成されていることが、世界で初めて観測された(画像3)。

今回の実験で生成されたのは1.9keVまでのポジトロニウムだが、原理的にはもっと高いエネルギーにまで加速することが可能だ。

画像3は、ポジトロニウムの飛行時間スペクトル。EPsは、光脱離によって生成されたポジトロニウムのエネルギー(K. Michishio et al., Applied Physics Lettersより転載)。

最上段のスペクトルと2段目のスペクトルを見比べると、レーザー光を照射した場合は45nsにピークが現れている。これはレーザー照射によって生成されたポジトロニウムが、45nsかけて80cm離れたところに置かれた検出器に到達し、観測されていることを示したものだ。ポジトロニウムの加速エネルギーを下げると、ポジトロニウムが検出器に到達する時間が遅くなっていることがわかる。

画像3。ポジトロニウムの飛行時間スペクトル

この研究によって、エネルギーを自由に変えることが可能なポジトロニウムビームを、超高真空中で生成できることが実証された。電子や陽電子はエネルギー可変ビームにしてさまざまな場面で利用されているのに対して、ポジトロニウムを「探針」とする技術はエネルギーの制御が難しく、ほとんど行われていない。

今回実証されたポジトロニウムビームは、いまだ誰も手にしたことのないエネルギー領域をカバーし、しかも物質表面の分析に不可欠な条件である超高真空中で生成することが可能になった。これを利用することで物質表面の分析やポジトロニウム自身の性質解明への道が拓けると、研究グループはコメントしている。