東京大学、国立極地研究所(極地研)、京都大学の3者は6月18日、南極昭和基地に設置されている大型大気レーダー「PANSY(Program of the Antarctic Syowa MST/IS radar)」が、2012年5月はじめにオーストラリアDavis基地の中型大気レーダーの性能を超え、南極最大の大型大気レーダーとしての本格観測を開始したことを発表した。
成果は、東大 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻でPANSYプロジェクトリーダーの佐藤薫教授、極地研 研究教育系でPANSYプロジェクトサブリーダー兼第52次南極地域観測隊越冬副隊長の堤雅基准教授、京大 大学院情報学研究科 情報通信システム専攻で研究科長(第53次南極地域観測隊)の佐藤亨教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、2012年5月に行われた日本地球惑星科学連合の連合大会、日本気象学会春季大会で発表された。
PANSYレーダーは、第52次南極地域観測隊により2011年2月から南極昭和基地で建設が開始された世界初の南極大気レーダーだ。これによってブリザードをもたらす極域低気圧の物理的解明や、オゾンホールにも関係する対流圏界面の時間変動などの研究が可能となるという。2012年6月時点で、きわめて良好なデータが得られており、対流圏と成層圏の空気交換の様子がわかってきた形だ。
PANSYレーダーは、極地研の堤准教授を中心とする第52次隊の作業チームにより2011年3月に部分稼働による初期観測に成功したが、越冬期間中の同年4月以降に記録的な大雪となり、アンテナエリアにも被害が出たため観測を中断していた。
周囲の比較的標高の高い場所へのアンテナ移設が検討され、53次隊を中心に2011年12月下旬から約1カ月半にわたり移設工事が行われた。しかし、第53次隊では、南極観測船「しらせ」の昭和基地接岸断念という18年ぶりの非常事態となり、輸送が大幅に制限されてしまったのである。
PANSY計画も2012年に予定されていた世界初の中間圏乱流観測を断念し、予定の1/2システム稼働から1/4システム稼働へと目標を変更せざるを得ない状況となってしまった。
しかし、PANSY計画は「越冬成立」に次ぐ優先プロジェクトとして位置づけられていたことから、京大の佐藤教授を中心とする作業チームはこれを乗り越え、2011年12月下旬からの約1カ月半の夏期間に、予定されていたアンテナの大移設作業、移設に必要な建設機材および第54次隊で計画しているフルシステム稼働につなげるための屋内制御機器のすべての搬入を完遂した。
そして2012年1月には、除雪後、52次隊で導入したシステムを立ち上げ、極中間圏雲に関連する強いエコーである「PMSE(Polar Mesosphere Summer Echo)」の観測にも成功している。
2012年2月下旬に夏隊が基地を出発した後は、越冬隊によりシステム調整が行われていた。5月初めには越冬中に予定されていた1/4のシステム調整をほぼ終え、対流圏・下部成層圏の本格観測を開始したのである。なお、53次隊は現在までに数回のブリザードに見舞われているが、移設先のアンテナにはほとんど積雪は見られていない。
画像は2012年5月5~8日に鉛直ビームを用いて観測された大気散乱エコー強度の時間高度断面図だ。オレンジの○は昭和基地における気象庁のラジオゾンデ観測により得られた対流圏界面の高度の位置。対流圏界面ではエコー強度が強くなっており、時間的に大きく変動していることが明瞭にとらえられている。
このエコー強度の時間高度断面図では、対流圏界面付近で散乱エコー強度が大きくなっており、それが時間的にダイナミックに変動している様子がとらえられた。これは、オゾンや水蒸気の量が大きく異なる対流圏と成層圏の空気の交換が盛んになされていることを示唆している。
今後、大型大気レーダーでのみ観測可能な鉛直風の推定などを行い、物質交換に関する定量的解明を進めると共に、ブリザードをもたらす極域低気圧や、オゾンホールに関連する極成層圏雲などの極域固有の現象に関する研究テーマに取り組んでいく予定とした。
また、2012年11月出発予定の第54次隊では、海氷の状況などが平年どおりであれば、アンテナ全数を使用したPANSYレーダーのフルシステムを稼働させる予定だ。
フルシステムによって地上1kmから500kmの対流圏・成層圏・中間圏・熱圏/電離圏の観測が可能となり、環境が苛酷であるためほかの緯度帯に比べて遅れがちであった南極大気の観測的研究に大きな進歩がもたらされることが期待されるという。
これによって、地球気候における極域の位置づけがより明確になり、気候の将来予測の精度向上に結びついていくことになると研究グループはコメントしている。