愛知県がんセンター研究所(愛知がん研)は6月11日、新たに発見したタンパク質「トリコプレイン」の機能を抑えると、ヒトを含む哺乳類細胞ではアンテナ状の突起物「一次線毛」が形成され、細胞増殖を積極的に停止させることを発見したと発表した。

成果は、愛知県がんセンター研究所・発がん制御研究部の稲垣昌樹部長と猪子誠人主任研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月30日付けで細胞生物学の科学誌である「The Journal of Cell Biology」に掲載された。

ヒトを含む哺乳類の細胞は、増殖休止時に一次線毛を生じさせ、反対に増殖時には一次線毛を吸収するという仕組みを持つ。そのため、一次線毛は細胞の増殖と休止を切り替えるスイッチではないかとの推測が以前からなされていたが、実験的に証明されたことはなかった。

研究グループは今回、トリコプレインの細胞内局在が一次線毛の形成と共に消失することを発見、それでトリコプレインを人為的に欠失させたところ、増殖条件培養下にも関わらず一次線毛が形成され、かつ細胞増殖が停止することを確認したのである。

さらに、この詳しい分子機構はトリコプレインによる「オーロラAキナーゼ」の活性化であることがわかった。オーロラAキナーゼは哺乳類のがん細胞が分裂するのに必須のキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)である。

そこで、オーロラAキナーゼを人為的に欠失させてみたところ、正常細胞は一次線毛を形成し、細胞増殖が休止した。一方、がん細胞は増殖停止が生じず細胞分裂障害を起こし、死滅した(画像参照)。

多くのがん細胞は一次線毛を形成できなくなっており、今後、特異性の改善されたオーロラAキナーゼ阻害剤が開発されれば、がん細胞だけを選択的に死滅させることが期待できるという。

従来、細胞増殖(細胞周期)の理解は、酵母、線虫、ショウジョウバエのモデル細胞を用いた研究が重要な貢献を果たしてきた。しかし、一次線毛は進化上は脊椎動物になって初めて登場した細胞構造だ。

つまり、今回の発見により、ヒトを含む哺乳類細胞の増殖・分化制御機構の全容を理解する上で、一次線毛が細胞の運命に主体的に関わるという前提が今後は必要となることになる。

トリコプレイン、オーロラAキナーゼの研究から、正常細胞では一次線毛が主体的に細胞周期制御を行っていることが判明した。がん細胞では、一次線毛形成能の不全を来していることが確認されている。

このことは、特にオーロラAキナーゼの阻害剤によって、がん細胞では分裂期での死がもたらされ、一方、正常細胞では、オーロラAキナーゼの阻害剤にさらされても一次線毛を形成することで、細胞周期を停止することで細胞死を回避でき、ヒトのがん治療薬となる可能性が高いことを示しているとした。

オーロラAキナーゼを利用することで、がん細胞は死滅させられるが、正常細胞は増殖休止を起こすだけで生存する