名古屋大学(名大)は、屋久杉年輪を用いた同位体測定から、8世紀に「大気中放射性炭素(炭素14)」の濃度に急激な増加があったことが発見されたと発表した。

成果は、名大 太陽地球環境研究所の増田公明准教授、同年代測定総合研究センターの中村俊夫教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間6月3日付けで英科学誌「Nature」電子版に掲載された。

自然界の放射性炭素である炭素14は、地球外から飛来する銀河宇宙線が地球大気と反応して中性子を生成することによって作られる。大気中の炭素は光合成によって樹木に取り込まれるため、古い樹木の年輪にはその年代の炭素が固定される仕組みだ。

炭素14は半減期5730年の放射性同位体であり、年輪に取り込まれるまでに炭素循環によって地球上の大気中に一様に混合する。年代が既知の年輪中の炭素14濃度を測定することによって、その年代の宇宙線量を知ることができると同時に、炭素14年代測定の基準とすることが可能だ。

これまで、過去1万2000年からの10年ごとの炭素14濃度が測られており、世界共通の年代測定の「較正曲線(IntCal)」として用いられている。そのIntCalデータによれば、炭素14濃度が100年のスケールで増加している時期が何度もある。これは宇宙線量が大きかったことを意味しているという。

その主な理由は、太陽活動が弱くなって宇宙線が地球に到達しやすくなったためで、17世紀後半のマウンダー極小期がその代表だ。また1年ごとの高精度の炭素14データからは、太陽活動の11年周期変動による宇宙線量の変化を見ることもできる。このように炭素14濃度から過去の宇宙線量やこれを制御している太陽活動を知ることが可能だ。

IntCalデータから、過去3000年の間に炭素14濃度が大きな増加率(3‰/10年以上:‰はパーミル、千分率)を示した時期が3回あったことがわかる(紀元前600年、西暦780年、西暦1800年頃)。

その内の2回ではすでに1年ごとの炭素14濃度が測定されており、その増加期間は1年より長い時間スケールだった。研究グループは残る1回の増加(西暦780年)について詳しく調査。樹齢1900年の屋久杉の単年輪からグラファイトとして抽出された炭素試料中の炭素14濃度を、年代測定総合研究センターの加速器質量分析計を用いて測定した。

その結果、西暦774年から775年の1年間で、炭素14濃度が12‰の増加を見せたことが判明。10年平均したデータは、IntCalの10年値とよく一致する。また南極のアイスコアから得られた、同じ宇宙線生成核種であるベリリウム10の30年値でも同じような増加が見られることから、この現象が、地球外から来た宇宙線によって全地球的に起こっていたことが判明した。

次に、今回の炭素14濃度の増加の仕方とその後の減衰の仕方の調査を実施。これが短時間の宇宙線の増加と、その後の大気中の炭素循環から予測される変化の様子とよく一致する結果となった。

すなわち774年から775年にかけての1年の間に何らかの理由で宇宙線が増加して大気中に炭素14を生成し、その後炭素循環によって減衰していったと考えられる。

この変化は、大気圏内核爆発実験が行われていた1960年頃の大気中炭素14濃度の変化と似た形だ。また、この濃度変化は、通常の太陽活動の11年変動による銀河宇宙線の変化によるものと比べて、20倍大きい変化率を示している。

それほどまでに大きな変化を与えることができる事象として考えられるのが、近傍の超新星爆発と太陽高エネルギー陽子だ。超新星爆発の場合は、星間空間磁場の影響を受けない高エネルギーのガンマ線が飛来し、地球大気と反応して中性子を作り、炭素14ができるという流れとなる。

しかし、測定された炭素14の増加量を説明するには、典型的な超新星残骸「SN1006」と同じ地球からの距離(2kpc=6520光年)と仮定すると、放出されたガンマ線のエネルギーが1051ergになり、その100倍を超新星が放出する全エネルギーであると仮定しても1053ergとなり、通常の超新星としては大きすぎる。

ただし、地球からの距離がSN1006の1/10ならば超新星のエネルギーは1/100になり、通常の超新星でも矛盾しない。一方、太陽高エネルギー陽子の場合は、測定された炭素14の増加量を説明するには、1035erg程度のフレアが起こる必要があり、これまでの観測で得られた通常のフレアのエネルギー1029-1032ergと比べてかなり大きなフレアでなければなりないが、そのようなスーパーフレアは太陽では起きないと信じられている。

いずれにしても、研究グループの知る限り、775年に対応する天体事象は歴史記録には見つかっていない。またこのような宇宙環境の変化に伴って地球環境への影響がどの程度起こりうるかを調べる必要がある。

今回発見した宇宙線量の急激な変動は、非常に短時間(1年以下)で起こった。このような早い変化をとらえるためには、1~2年という短時間での時間分解能の測定が必要だ。研究グループは、今後もこのような高時間分解能の測定を推進することが重要だとしている。

また今回のような大きな宇宙線変動により、当時の地球環境が大きく変動した可能性もあり、その解析を実施中だ。現在、太陽活動が非常に不活発になっており、それに基づく宇宙環境の変動が地球環境へ及ぼす影響について議論されている。

このように過去の大きな宇宙環境の変動を詳細に調べ、地球環境との関連を解析していくことは、これからの地球環境変動を予測するために非常に重要であると研究グループはコメントしている。