東京大学生物生産工学研究センターは6月4日、イネの主要な抗菌性化合物「サクラネチン」の生合成を担う鍵酵素遺伝子「OsNOMT」を発見したと発表した。

成果は、東大生物生産工学研究センターの清水崇史研究員及び岡田憲典助教らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、生物科学誌「Journal of Biological Chemistry」6月1日号に掲載された。

イネの主要なフラボノイド型の抗菌性2次代謝産物「ファイトアレキシン」として知られるサクラネチンは、「イネいもち病」菌に対する抗菌活性を保持する化合物であり、病原菌の感染などによって誘導的に生産される抗菌性化合物だ。

1907年に桜の樹皮から配糖体として単離されたのが最初の報告で、その後にイネをはじめとするそのほかの植物にも含まれていることがわかり、その存在は古くから知られていた。サクラネチンは、イネの病原菌に対して抗菌性を示すだけでなく、ヒトを含む動物に対しても、脂肪細胞誘導効果や抗炎症効果があるなど、医薬品としても有用である可能性が示唆されている。

イネでは、さまざまなフラボノイドの基質である「ナリンゲニン」の7位が「ナリンゲニン7-O-メチルトランスフェラーゼ(OsNOMT)」によってメチル化されてサクラネチンが生合成されることが以前から示唆されてきた。その遺伝子を特定する試みはこれまでにも行われてきたが、その取得には至っていなかったのである。

以前の研究で、イネ野生型株の葉身をUV処理しサクラネチン生産を誘導した材料からOsNOMT活性を指標に酵素精製が行われた。しかし、得られた酵素のアミノ酸配列に相当するイネ遺伝子の組換えタンパク質を用いた酵素活性測定からはOsNOMT活性が認められず、そのかわりにナリンゲニンではなくコーヒー酸の3位をメチル化してフェルラ酸を合成するコーヒー酸3-O-メチルトランスフェラーゼ(OsCOMT1)が得られていた。

これは、イネに常時多量に存在するOsCOMT1が、病原菌感染時に微量にしか合成されないサクラネチン合成酵素OsNOMTの精製の妨げになってしまったためと考えられた。

画像1さまざまな薬理効果を保持するサクラネチンの生合成最終段階。OsNOMT遺伝子は基質となるナリンゲニンの7位を特異的にメチル化するメチルトランスフェラーゼをコードする。

そこで、イネoscomt1変異株を利用してOsNOMTの精製が試みられた。oscomt1変異体の葉身をUV処理し粗タンパク質を調製、硫安塩析が行われた後、イオン交換カラム、「アデノシンアガロース」を担体としたメチルトランスフェラーゼに対する「アフィニティーカラム」の2つのカラムを用いることで、順次精製を進めOsNOMT活性を400倍にまで濃縮することに成功したのである。

得られた精製タンパク質からは、精製ステップを経ることで新たに出現する約40kDaのタンパク質が確認された。この40kDaのタンパク質を「MALDI-TOF/TOF」装置で分析することでアミノ酸配列を取得し、得られたアミノ酸データの解析から機能未知である2種のO-メチルトランスフェラーゼ様遺伝子が特定されたというわけだ。

これら2種の遺伝子を用いて「GST融合タンパク質として」大腸菌内で発現させた組換えタンパク質を精製し、得られたタンパク質を用いたサクラネチン合成活性測定を実施。結果として、その内の1つである「Os12g0240900遺伝子」がサクラネチン合成に必要なOsNOMT遺伝子であることを実験的に証明することができたというわけだ。

こうして、長年にわたり不明であったサクラネチン生合成の最終ステップが明らかになったのである(画像1)。

GST-OsNOMT組換えタンパク質を用いた動力学的解析が行われたところ、基質ナリンゲニンに対するKm値は約1.9μMとなり、イネ葉身をジャスモン酸処理した場合に蓄積するナリンゲニンの内生濃度約1.8μMとよく一致することが示された。

さらに、本酵素の基質特異性をナリンゲニン以外のフラボノイド類を基質として用いた酵素反応により解析。すると、ナリンゲニンと類似の構造を持つ「カンフェロール」、「アピゲニン」、「ルテオリン」に対するメチル基転移活性を保持するものの、ナリンゲニンに対する活性が一番高いことが示された。

一方、OsCOMT1の基質と考えられる「コーヒー酸」を含む「フェノール性化合物」や「イソフラボノイド類」に対する活性は認められず。OsNOMTの転写レベルでの発現は、ジャスモン酸処理後6時間で最大となるような誘導性を示し、また、いもち菌接種後にも基質ナリンゲニンとサクラネチンの蓄積を伴ってOsNOMT遺伝子の発現が誘導を受けることが示された。

これらの一連の結果は、OsNOMTがイネにおいて病害応答時に誘導的に生産されるサクラネチンの合成を担う遺伝子であることを示唆するものだ。今後、OsNOMT遺伝子の発現抑制株の作出などを通して、OsNOMT遺伝子がイネにおける唯一のサクラネチン合成酵素遺伝子であるかどうかが明らかにされるものと思われる。

冒頭で述べたように、サクラネチンは人にとって利用価値の高いさまざまな生理活性を有することが示されているので、機能性食品への添加や医薬品への応用の可能性も大いに考えられるという。

今回イネから取得されたOsNOMT遺伝子を利用することで、バクテリアや酵母を用いての、生理活性フラボノイドサクラネチンの大量生産が可能となるだけでなく、将来的にはサクラネチンの含有量を高めたイネを育種することで、病原菌に感染しにくい病害抵抗性イネの育種や、サクラネチンを米に蓄積させたサクラネチン強化米の作出につながることが期待されると研究グループはコメントしている。

画像1。様々な薬理効果を保持するサクラネチンの生合成最終段階。OsNOMT遺伝子は基質となるナリンゲニンの7位を特異的にメチル化するメチルトランスフェラーゼをコードする