物質・材料研究機構(NIMS)の研究グループは、独自の半導体量子ドットの自己形成技術である「液滴エピタキシー法」の高度化を進め、従来報告された値を上回る世界最高クラスの面密度を持つ量子ドットの新形成技術を開発したと発表した。また併せて、形成した量子ドット集団から強い光励起(フォトルミネッセンス:PL)発光を観測して、開発した技術が優れた結晶品質の実現にも有効であることが示されたことも発表した。同成果はNIMS先端フォトニクス材料ユニットの間野高明 主任研究員、定昌史 ポスドク研究員および佐久間芳樹 グループリーダーらによるもので、米国応用物理系学術雑誌「Applied Physics Letters」オンライン版および冊子版に掲載される。

半導体レーザーの特性向上や、新たな動作原理に基づく高効率太陽電池の実現を目的として、半導体量子ドットの研究が進められている。量子ドットを使った半導体レーザーでは、低消費電力、高速動作、温度変化による光出力の安定性など、既存の半導体レーザーを凌駕するデバイス特性が期待されるほか、量子ドット型太陽電池では、従来のバルク型半導体材料では達成不可能な60%を超す高変換効率の実現可能性が提案されている。

しかし、一個の半導体量子ドットの体積は極小であり、必然的にそれぞれの量子ドットが発光あるいは吸収できる光の量も限られてしまうという課題があった。そのため、量子ドットの利点を生かしつつデバイスの特性向上を図るには、量子ドットの高密度化(面密度および体積密度)を図ることが求められており、このうち量子ドット面密度については、これまでの最高値として1×1011/cm2が報告されているが、依然として充分とはいえない状況であった。

今回の研究では、液滴エピタキシー法の高度化を進め、室温付近の低温度での量子ドット形成とその後の熱処理工程の工夫により、従来の値を上回る高密度量子ドットを高品質に実現する手法を開発したという。

液滴エピタキシー法によるGaAs量子ドットの自己形成では、まず一定温度に加熱された基板上にまずガリウム(Ga)原子のみを供給してナノ寸法の半球状のGa液滴を形成する。

次に、同じ温度の基板にヒ素(As)原子のみを供給すると、Ga液滴との化学反応が起こりGaAsの量子ドットが作製される。Gaの液滴が結晶化後のGaAs量子ドットのサイズや密度を決定することとなるため、量子ドットの面内密度を増加させるには、供給されたGa原子の結晶表面上での拡散長を抑えて高密度のGa液滴を形成することが必要となる。そのためには、Gaの拡散が起きにくい性質を持つ基板結晶を選び、さらに基板温度を下げることが有効と考えられるが、一般に温度を低下させるとAsを供給した際の化学反応が充分に進行せず、GaAs量子ドットの品質が低下するため、良好な発光特性の実現が難しいことが知られている。

今回の研究では、これらの相反する課題を考慮したうえで、新たに4つの要素技術を開発し、従来の液滴エピタキシーに適用することで問題解決が試みられた。

1つ目は、従来広く用いられている指数面(100)のGaAs 基板の代わりに、表面上のGaの拡散が抑制される(311)A指数面の基板を採用。これにより、(100)基板と比較して約一桁高い面内密度のGaAs量子ドットが形成可能となった。

GaAs(100)と(311)A基板上に同条件(基板温度200℃)でGaAs量子ドットを作製した際の量子ドット密度の違い。(100)から(311)Aに基板を変えるとGa原子の表面拡散が抑制され、量子ドット面密度が、2.0×1010/cm2から、1.2×1011/cm2へと約一桁上昇している

2つ目は、Ga液滴を形成する基板温度を、従来の200℃から一般的な結晶成長では非常識とも言える室温付近(30℃)まで低下。この結果、Ga原子の表面拡散が抑制されて、5×1011/cm2まで量子ドット密度が増加した。

GaAs(311)A面を用いて、成長温度を200℃から30℃まで変化させて作製した量子ドットの原子間力顕微鏡像。温度低下によりガリウム原子の表面拡散が抑制されて、面密度が5×1011/cm2まで増加している。一方、30℃では点線で示す量子ドット密度の理論解析曲線からの乖離が起こっている。これは液滴同士の合体により密度が低下してしまったことが原因だという

そして3つ目は、Ga液滴密度の基板温度依存性にVolmer-Weber型の核形成理論を適用して解析したところ、2つ目の量子ドット密度(5×1011/cm2)が理論的に予想される最高面密度に達していないことが判明。解析の結果、Ga原料の過剰供給によって液滴同士の合体が起こり、面密度の増加を阻んでいることが判明したことから、Ga照射量を5原子層から3原子層に減少させたところ、液滴の合体現象が抑制されて7.3×1011/cm2の高面密度が達成されたという。この値は、面内直径12nmの液滴を最密充填した際に得られる理論限界面密度の8×1011/cm2に極めて近いという。

30℃の成長温度でGa照射量を3原子層まで減少させて形成した高面密度量子ドットの原子間力顕微鏡像。7.3×1011/cm2の高面密度が達成されている

最後の4つ目としては、基板温度30℃で形成した高密度Ga液滴に、同一温度で長時間のAs照射を行ってGaAs量子ドットへと結晶化を行った後、基板温度を上げて余分に吸着したAs原子を蒸発させることで量子ドットの結晶性の改善が図られた。さらに400℃でのキャップ層の成長後、800℃で急速熱処理工程を行い、残留する結晶欠陥の修復を試みた結果、量子ドット集団から強いPL発光が観察され、量子ドットの高品質化が達成された。

高密度量子ドットの発光スペクトル。発光波長650nmは形状とサイズから予測される発光波長とよく一致していることが分かる

また、量子ドットの発光波長はキャップ層成長前の形状とサイズから予測される値と良く一致しており、個々の量子ドットがキャップ層成長や急速熱処理の工程によって変化しないことが結論できたという。

今回作製に成功したGaAs量子ドットは(311)A面のGaAs基板上に作製されているが、液滴エピタキシーの特長はそのまま生かされて完全に格子整合しているため、量子ドット形成層をAlGaAsのような薄い分離層を隔てて成長方向に多数積層することが容易であるという。そのため高い体積密度を持った量子ドット材料も実現可能であることから研究グループでは今後、半導体レーザーや太陽電池に適用することで、デバイス特性への効用を明らかにしていくとしている。また、今回得られた7.3×1011/cm2高密度量子ドットは面内の量子ドット同士が近接しているため、充分大きな量子力学的結合効果も期待できることから、こうした特長を利用した新規機能性素子の実現に向けた研究にも取り組んでいく予定だとしている。