名古屋大学(名大)とサムスン総合技術院(Samsung Advanced Institute of Technology;SAIT)の研究グループは、自動車や家庭用燃料電池の高効率化と低コスト化に繋がるプロトン(水素イオン)伝導性固体電解質を新たに開発し、これを用いた燃料電池の中温・無加湿作動に成功したと発表した。同成果は、名大環境学研究科の日比野高士 教授と沈岩柏 研究員、SAIT燃料電池グループの許弼源 博士らによるもので、英国王立化学会「Journal of Materials Chemistry」オンライン版に掲載された。
燃料電池は、水素などの燃料ガスと空気中に含まれる酸素との電気化学反応を通して、電気をクリーンで高効率に生み出すデバイスであり、ハイブリッド自動車や家庭コージェネレーションシステムの次世代発電機として期待されている。従来の燃料電池は、プロトンが伝導する電解質として、ナフィオンに代表される含水系固体高分子が使用されていたが、これらの高分子では、水分子が脱水し消失する100℃以上、もしくは無加湿条件ではプロトン導電率が減少して、発電することが実質的に不可能であった。一方、非含水系無機化合物では、原理的に水分子がプロトン伝導に関与しないため、高温・無加湿条件でもプロトン伝導性を保持できるため、世界中で研究開発が進められてきたものの、これまで報告されている無機化合物のプロトン導電率は10-2S cm-1、もしくはそれ以下であり、実用レベルには達していなかった。
研究グループは、今回の研究に先立ち、2008年にピロリン酸スズ(SnP2O7)をベースとした化合物が結晶格子内に豊富なプロトン交換サイトと多岐にわたるプロトン伝導パスを有するため、200℃の無加湿条件でも約0.1Scm-1のプロトン導電率を発揮することを報告していた。
この報告以降、世界中でスズに代わる他の4価金属元素(チタン、ジルコニウム、セリウムなど)で類似のピロリン酸化合物の合成が試みられてきたが、SnP2O7の性能を上回る化合物の発見には至っていなかった。
今回の研究では、ピロリン酸化合物の特異な結晶構造を保持したまま、金属元素の半分を3価、もう半分を5価の元素に代替することを試みた。3価の金属元素としてアルミニウムをはじめとした10種類、また5価の金属としてアンチモン、ニオブとタンタルの3種類を選択して、様々な組み合わせで数十種類の化合物を合成したところ、鉄とタンタルから構成されるFe0.5Ta0.5P2O7が有望なプロトン導電体であることが確認された。
また、同化合物から鉄の一部を欠損させると、固体内に溶け込むプロトン濃度が増大し、かつプロトン移動速度も高まることがNMR観察で明らかとなった。こうして得られたFe0.4Ta0.5P2O7のプロトン導電率は、加湿なしでも0.06S cm-1@100℃、0.19 S cm-1@200℃、0.27S cm-1@300℃に達することが確認された。
さらに、今回の研究では、同化合物を燃料電池の電解質に使用し、無加湿の水素と空気を供給したところ、電解質の厚さが1mmであるにもかかわらず、約1Vの開回路電圧と150mW cm-2の出力密度を実現したほか、電解質の厚さを薄めれば2倍以上の性能が得られること、並びに200℃で100時間にわたって安定に作動することも確認できたという。
これらの結果から、今回発見されたFe0.4Ta0.5P2O7は有望な燃料電池用固体電解質になり得ることが実証されたこととなる。
研究グループでは中温作動によって、エネルギー変換効率が高まるとともに、白金使用量の低減化が期待されるとするほか、無加湿作動によって、システムの水管理が容易になるとしている。また、残された課題としては、実用材料に求められる機械強度と柔軟性があることから、対応策として研究グループでは現在、有機バインダーによる薄膜化技術に取り組んでおり、数年後を目標にSamsung Electronicsから市販化したいとしている。