物質・材料研究機構(NIMS)は、「ハーフメタル」として知られる酸化鉄「Fe3O4」の表面第一層の「スピン偏極度」が表面処理により大幅に改善できることを示し、同時に酸化物ハーフメタルを用いて高い「トンネル磁気抵抗(TMR)比」などの高いスピン偏極特性を得るための指針を得たと発表した。

成果は、NIMS極限計測ユニットの倉橋光紀主幹研究員、山内泰グループリーダー、イギリス・ヨーク大学のプラット・アンドリュー研究員、中国科学技術大学の孫霞准教授らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米物理学会雑誌「Physical Review B(Rapid communication)」に近日中に掲載される予定だ。

TMR効果は、2層の強磁性体薄膜で絶縁層を挟んだ3層構造の電気抵抗が強磁性体薄膜の磁化の向きにより変化する効果を指し、磁場変化を抵抗変化として検出するハードディスク再生ヘッド、電源を切っても情報が失われない不揮発メモリなど、近年の磁気デバイスに幅広く利用されている。

これら磁気デバイスの高性能化には高いTMR比を示す素子が不可欠である。TMR比は、使用される強磁性体薄膜の伝導電子スピン偏極度(スピンの偏り)が高いほど大きいため、動作条件下で高いスピン偏極度を示す材料は高いTMR比を実現する上で重要だ。

なおスピンとは、電荷と共に電子が持つ自由度の1つで、電子の自転のことをいう。スピンには上向きと下向きがあり、上向きスピンと下向きスピンの電子数が異なっている点が強磁性体の特徴の1つだ。上向き(下向き)スピンを持つ伝導電子の数をN↑(N↓)とすると、伝導電子スピン偏極度は(N↑-N↓)/(N↑+N↓)x100[%]と定義される。

また、ハーフメタルは伝導電子のスピン偏極度が100%(スピンの向きが100%そろっている)の強磁性体材料を指し、合金、半導体、酸化物系のさまざまな材料が知られている。

今回研究に用いられたFe3O4は、磁鉄鉱、黒さびなどの名称で知られる最も身近なハーフメタル強磁性体だ。「キュリー温度」(強磁性体が磁化を失う温度)が高くて585℃であり、2種元素のみで構成された単純な組成を持つという特長がある。

さらに、鉄と酸素というありふれた元素のみで構成されているため、希少金属依存からの脱却が急務となった近年、その重要性が高まっているという側面も持つ。

しかし、Fe3O4を用いた素子の特性は一定せず、得られるTMR比も20%以下であり、ほかのハーフメタル材料で観測されているような100%を超える値は報告されていないのが弱点だ。しかも、その原因は未だ明らかにされておらず、界面の汚染や結晶性の問題と考えられてきたのである。

Fe3O4を用いて得られるTMR効果を議論するには、Fe3O4と絶縁体との界面第一層のスピン偏極度が重要だ。研究グループは、界面第一層のスピン偏極度を議論する出発点として表面第一層に着目し、独自に開発した強磁場下で表面第一層のみを検出できる「スピン偏極準安定原子ビーム」を用いて実験を行った。

その結果、Fe3O4表面第一層のスピン偏極度が結晶内部よりも遥かに低く、(100)面でほとんどゼロ(画像1)、(111)面で予想外の逆極性となることが判明したのである(画像2)。なお(100)面や(111)面といった数値は、結晶の格子中における結晶面や方向を記述するための「ミラー指数」で表したものだ。

一方、表面第一層で失われたスピン偏極は、(100)面の場合、表面に水素原子を吸着させることにより室温でも少なくとも-50%に回復できることも見出された(画像1)。

画像1(左)がFe3O4(100)の、画像2がFe3O4(111)の最表面スピン偏極と水素終端効果。(100)面のスピン非対称率は水素終端により大幅に改善されている。試料電圧14eV付近の非対称率は、伝導電子スピン偏極度の逆符号に近似的に等しい

この現象は理論計算でも再現でき、数値シミュレーションは表面第一層で-100%に近いスピン偏極度を示す(画像3)。一方、(111)面では水素終端により表面スピン偏極はあまり変化しない(画像2)。

以上の結果は、次のように理解できるという。画像4に示すようにFe3O4の結晶内部の酸素原子は周囲をA、Bと示した鉄原子で囲まれているが、(100)表面の一部の酸素原子(O1)は鉄原子(A)と隣接しないため(画像3)、本来化学結合に使われるべき電子が余っている。この表面電子が鉄原子(B)の伝導電子と相互作用するために、(100)清浄表面の伝導電子スピン偏極度が下がってしまう(画像3)。

画像3。Fe3O4(100)清浄表面(左)および水素終端面(右)最表面スピン偏極の計算機シミュレーション。酸素(O1)の表面電子と伝導電子の相互作用が水素終端により解消され、スピン偏極度が回復する

画像4。Fe3O4の結晶構造

しかし、水素原子を酸素原子(O1)に結合させて表面電子を奪えばこの相互作用は解消され、表面第一層のスピン偏極度は結晶内部の値にまで回復する(画像3)。一方、(111)表面で観測されたスピン偏極が逆極性となったのは、鉄原子(A)が表面第一層に存在するためと考えられた。

以上の結果は、Fe3O4表面第一層のスピン偏極度は結晶内部より遥かに低いが、表面制御により大きく回復できることを示している。Fe3O4と絶縁体との界面においても、(100)面を用い、酸素の界面電子が伝導電子と相互作用しない結晶構造を実現できれば、界面第一層で高いスピン偏極度を達成でき、Fe3O4というありふれた材料を用いて高いTMR比を実現できると期待されるという。

また、今回の手法で表面第一層のスピン偏極度を回復させれば、表面に吸着した有機分子などに高いスピン偏極を導入することも可能になるとした。(111)面の場合、伝導に関与する鉄電子が界面第一層に存在しないため、汚染がなく結晶性のよい界面を作製しても高い特性は得られないという。

なお、表面界面でスピン偏極度が減少することは多くのハーフメタル材料で問題になっているが、酸素原子の電子状態制御によりスピン偏極度を回復させる今回の手法は、Fe3O4以外の酸化物ハーフメタルにも適用できると考えられると、研究グループは述べている。